戦士マヤの危機

(3)死の剣闘技

 

  マヤは激痛を感じて気を取り戻した。
太腿に焼けるような熱さが、本当に焼けているのだった。
手足が四方で何者かに掴まれ、身動き出来ないでいる。
もっとも、うつ伏せだった。不自由な四肢をばたつかせて、
マヤはしばらく悶え狂った。薄暗い部屋の中央、木の寝台の
上に押さえつけられていることを知る。
そばで聞き覚えのある低い声が話しかけた。

「気が付いたか。そうだ、まだ死にそうもない面相だな。
そうだ、おまえのためだ。耐えるのだ。おまえなら出来る。」

涙に濡れた目で見上げたマヤの目にネタリウス副官の
感情のない醜顔が映った。

「もう一度、一度だけだ。ここはひどい。この躯で
よくあれだけ動けたことだな。」

すぐ脇腹の傷に灼けた鏝があてられた。マヤは
どうしようもない身じろぎを押さえられなかった。
じゅうと煙があがり、マヤの綻びた肉が焼き塞がれた。
狼に食い破られた傷だった。普通なら、まず助からない
傷だった。もちろん、いつ彼女に、その傷から侵入した
かび毒が全身に回り、死の痙攣が起こるか分からない。
くされ毒、破傷風だ。これだけの全身の傷で、しかも
狼小屋の汚水溜めに全身を沈めて何時間も耐えていたのだ。
まさかあの水を飲んだわけもないだろうが。
ネタリウスは、多分、女は死ぬだろうと思っていた。

  しかし、高熱はあっても、女の表情は
むしろ安らかだった。体力が持ちさえすれば、この荒療治は
女の命を延ばすだろう。いずれ、明日は殺される運命では
あっても、女のために出来るだけのことはしてやりたかった。
死体としか思えなかったマヤを自分の館に運ばせたネタリアスは
彼女の汚れ切った躯と髪を下女に十分洗わせ、
そのあと、城の医師を数人呼んで傷を手当てさせた。
更に潰瘍が始まった大きな傷を切除し、焼いて潰したのだった。
意識が戻ったあとは存分に水を飲ませ、力のつく果実などが
与えられた。

  全身の痛みに呻きつつも、マヤの頭は回転していた。
この男は何を考えているのだろう。
私は殺されるのではなかったのか。
傷は疼いたけれど、沈静薬を飲んだマヤは
すぐ深い眠りに陥った。寝入った彼女の手足に鎖が
つながれたことを自身は知らなかったはずだった。

  何時間眠っただろう。おそらく2,3時間位
だったとマヤは揺り起こされたあとそう思った。
全身が痛み、高い熱は下がらなかったけれど、戦士としての
マヤは二時間も熟睡すれば体力が戻るように鍛えられ、
そんな体質になっていたから、目が覚めたあとは
すぐ重傷者とは思えない、引き締まった表情になった。

  もっとも、思いも掛けず適切な傷の治療と
ベッドを与えられ、束の間生きのびる幻想を味わった
マヤは、自分の手足が鎖で繋がれていることで最初の
衝撃を受けたようではあったけれど、そばに立った
ネタリウスと部下の兵士の表情が告げる意味を
なお理解しかねる目だった。
"おまえは赦される"
という言葉を、あるいは期待したのかもしれなかった。
だから、副官の、
「これから斎儀のやりなおしだ、アリーナへ連れていく」
との「死の宣告」を聞いた時の辛そうな放心の目は、
やはりこの勇敢な戦士も人間なのだ、
若い一人の女なのだ、と彼等に思わせた。
やはり、彼女も生きたかったのだ。
当然だろう。
昨夜、城内で彼女が見せたがむしゃらな抵抗がそれを
端的に示していたではないか。
ネタリウスは、女は昨夜、あの城の中庭でくびり殺されていたほうが
ずっと幸せだったろうと思ってもいた。
自分が彼女に施した治療は、女には唯、死の恐怖と、
常人には正気では耐えがたい肉体の苦痛と、
そして辱めの時間を、更に一日長く継続させただけだったのだ。
しかし、副官はすぐ、女が自分の死ぬべき運命を静かに
受け入れたことに感銘を受けた。
常人ならとても、起きることすら無理なはずの身体で、
マヤはけなげに立ち上がり、
よろけつつも手首の鎖を引かれてアリーナへの道を、
再びの絶望の地獄への途を進んだ。

  今度も狼だろうか。
まさか、小剣はもう得られないだろう。
自分のみじめな立場は変わっていない。
前夜は身につけるものを要求したマヤも、
今度は何も言わなかった。ひどい傷が目立つ裸身は疼き続け、
真剣試合の正規の衣裳である鎖かたびらなどは
身体を締めつけてむしろ苦痛なばかりだろう。
素裸の方がまだ動ける。
数日間を敵の城の只中にあって、当然ながらあらくれの兵士たちの、
男ばかりの前に、この生まれたままの姿を晒し、
排泄もして動き回ったマヤは、もう裸を見られることに慣れていた。
正常の羞恥心を鈍摩させていた。
昨夜は好奇心と好色の視線が周囲からまつわり着いたけれど、
今はそれほどでもないと
思えるだjけの余裕もあった。
体も洗われ、髪も艶を取り戻していた。
マヤに恥じらう理由は少なかった。

  昨夜も立ったアリーナへ出るゲートで、
手首の鎖を解かれつつあるマヤに向かって副官は言った。

「おまえのために、軍の出陣が一日遅れ、
全軍が惑わされもした。だが、おまえの昨夜来の働きと勇気を見て、
ゼンダ王の近従としての剛毅さをわしは実感した。
だから、昨夜、糞と泥にまみれておまえが
首を吊られるところを、わしは止めてやったのだ。
同じ武の道にある者として、
あんな殺され方をするおまえが哀れだった。
今こそおまえにふさわしい死を、名誉ある死を選ばせてやる。
良いな、おまえには言うまでもないだろうが、
わがアリーナでの正式な剣闘の手続きに則って、
おまえは全軍兵士の前で見事な戦闘技を見せ、よく闘って、
死ぬのだ。」

闘って、死ぬのだ。マヤは口の中で言葉を反芻し、
赤く熱で充血した大きな強い目を見開いて、
この武勲に彩られた伝説の男を睨み返した。
ゼンダ王も言っていた。
将軍よりも、この男が恐い。

しかし、マヤはあえて言い返した。
「『名誉ある死』?、そして、若い、半死にの哀れな女に
屈辱の素裸を強いた上で、死出の舞台へ、
なぶり殺しのショウへ引き出すのね。
昨日とはさほど変わってはいない。」

ネタリウスは表情も変えず返した。

「おまえが敵の有能な戦士で、
既に多くの損害をわが軍に与えた以上、
生かして帰すことはできぬ。
しかも時間に余裕はない。
これはお前に対する最大限のもてなしだと知れ。
もちろん、おまえに死が怖いわけはないだろうが、
どんなに辛くとも、狂おしい死の直前でも、糞も、小便も漏らさずに
見苦しいありさまを見せず、諦めず、最後まで戦って
死ぬのが真に強い戦士だ。それに、おまえには裸がむしろ似合う。
ギリシャの闘士たちも、アリーナの中へ全裸で出て競ったものだ。」

マヤはそれ以上逆らわず、ざわめきの中へ歩み出ていった。

  観覧席の兵士たちは裸の女の出場に熱狂した。
どうだ、昨夜、あれほど傷付き、糞まみれになって
引きずり回された女が、また嘘のように目を光らせて
この死の舞台に立った。むごたらしい傷の口開いた
裸体はぞっとするほどだが、やはりなお凄いまでに美しい。
昨夜と全く違う印象は、そのしっとりと身にまといつき、
揺れる、よく洗われ、手入れもされた長い金髪の輝き、
優雅さだ。だがもう大方の血が失われ、衰弱の進んだ
身では、どうしようもあるまい。あれでなお闘おうというのか。
目を開き、立っているだけでも奇跡のようなものだが。

  すぐ相対した入口から一人の兵士が現れた。
半裸で、筋肉の凄まじい身体は、とても、痩せた傷だらけの
女とでは勝負になるまいと思われた。
兵士はつまらない揉め事で仲間を殺し、
営倉に入っていた暴れものだった。
凶暴な面相が女を見てやにさがった。

「この、皆の眺める中で、やつと一発やって見せろってのか。
いいだろう。ひどい躯だが、悪くはねえ。
俺の凶器を揉み込むまでに気絶するかもしれねえがな。」

二人に与えられる武器はお互いに
離れた場所にあった。さほど大きくはない突剣だったが、
力に劣るマヤにはちょうどの重さのようだった。
はじめ、の合図と同時に、マヤはまっすぐそれへ向かって
走ったが、兵は何を思ったのか、女の後を追った。
マヤの躯は思ったより動いた。男はすぐ追い着けると
思ったのだろうが、女との距離は縮まらなかった。
マヤが自分の剣を取り、男に向けた時、男は自分の
判断の甘さに気付いたようだったが、取って返して
自身に用意された武器を持つことをしなかった。
唸り声をあげてマヤの前で仁王立ちになった。
女の動きは素早かった。
ためらうこともなく大男の正面へ飛び込み、
抱きかかえられるまでにその剣で正確に胸を貫いた。
男はあっけなく崩れた。血しぶきの中でたたずむ女の姿に
アリーナ中の人間が瞠目し、沈黙した。

  その激しい動きでマヤは既に息を乱している。
女は、半死にの状態だという噂に反して、よく走り、
そして予想を超えてよく闘ったのだ、あの傷で。
恐るべき女だ。
マヤの方では、狼相手ではなく、ともかく
人間の兵士と闘えたことでは少し満足した。
あとはどこまでまともに闘えるかだが、
武器も得たし、いざとなれば
喉を突いて自決することも出来る。
むざむざとなぶり殺されることはない。

  二人目の兵士は簡単な革の防具を全身につけた、
こんな武術の試合には普通の姿だった。
長身で、腕がたった。マヤはたちまち追い詰められた。しかし、
窮地での女の動きはまことに敏捷だった。少し遊んでやろうと
気を緩めた相手の隙をマヤは逃さなかった。肩を少し切らせ、
その間に突きを入れて相手の脇腹に致命傷を負わせ、勝負がついた。
膝をついた男は、苦痛に呻きつつ、殺せ、とわめいたが、
マヤは無視し、少し離れて剣を杖にし、
荒い息を隠そうともせず、乱れた髪をそのままに
立ったまま身を休めた。
連戦のいけにえには貴重な休息の時間だった。
もちろん、生きてこの場を出られるとは思わないし、
私の身体もこれが限度だろう。次の相手をマヤは恐怖もなく待った。

  敗れた兵士が引かれていき、三人目の
若い兵士が不敵な顔でマヤの前に立った。剣を捨てろ、
組みうちでやろうじゃあないか。マヤは油断なく剣を
構えたままだった。男は離れ、何を思ったか、防具も、
なにもかもその場に脱ぎ捨て、剣だけを持った。男の剣は
確かにマヤの躯を傷つける意図がなく、ただ彼女の剣と、
それを持つ手に集中した。マヤはひどく疲れていたし、
目もかすんできた。
若い兵士の素早い剣さばきにもうついていけなかった。
足がよろけ、膝をついた時に剣を叩き飛ばされた。
これまでか、と皆は思った。男は剣をマヤの胸に突きつけ、
立て、といった。喘ぎつつゆらゆらと立ち上がったマヤを見て、
自分の剣を後ろへ捨てた男は強く抱きついてきた。
立ち位で汗まみれ、血まみれの女の躯の、その細い腰を
引きつけ、既にそそり立ったものを一挙に押し込み、自在に動かした。
激しかった。
疲労の極にある、しかも深傷に喘ぐマヤに
そんな行為が辛くないはずもなかったし、
兵士にはそれ以上に、女がこんな衆目の場で凌辱されたという
屈辱のきわみで、精神面の打撃にうちのめされて、
気力を削がれ、狂わないまでも、
衰弱を早めるだろうという目算があったはずだった。
男は確かに自らの武器で存分に女を刺し、貫き、攻め尽くしたのだった。
男に対しなすすべを知らず、動かされるままにのけぞり、
嫋々と四肢をふるわせ、揺らせ流していたマヤは、
彼が完頂して満足し、抜こうとした、その時に
自力で動いた。男の躯へ逆に身を寄せ、その太い首筋に
強く噛みついたのだった。若い裸の兵士が愕き、吠え、身悶えして
女を引き剥がすのと、血しぶきが上がるのが同時だった。

  この女が剣を持たなくても危険な戦士であることを
男は強いセックスの快感のうちについ忘れていたようだった。
いや、この女戦士が自分の性の力すら利用して敵を陥れ、食い殺す、
まことに恥知らずの雌のけものだったことを知らなかったのだ。
マヤは押し倒され、あおのけに転がったが、
男が血にまみれて狂い回っているのを眺めつつ、
その後方の剣を取るべく力を尽くして身を起こし、
ゆっくり立ち上がっていった。
たった今、一人の兵士に激しく犯された凄艶な女の姿が、
しかも新しい返り血にまみれて、アリーナに輝く炬火の中に浮かんだ。
一場はその幻想のような秘儀の場面の思い出を、
女の現実の姿に重ねて声もなく見詰めていた。
女の、疲れの内にも、はっはっと激しく喘ぎ、ぎらぎらと目を光らせて
興奮状態を見せるその幾分かは、
直前の性交がなした彼女の、内面からの性感の突き上げだったはずだ。
女の股間から糸を引いて落ちる体液を見た兵士は多かった。

女はゆらりと立ち上がった。

この上、まだ闘おうというのか。女の体力も、気力も、
既に限界を遥かに越えているはずだった。
眺める兵士たちはその信じられない精気のみなぎる女戦士の、
血みどろに汚れた顔を悪鬼でも見るように眺め、一様に身震いした。

 

  女がよろめきつつも立ち直った時、ひょうと音がした。
何本かの矢が、マヤの細やかな裸身へ吸い込まれていった。
殆ど同時に、マヤの肩と、両の乳房が串刺しに射抜かれた。
三本目が腰に深く突っ立ってぶるっと震えた。
いや、それはマヤ自身の身じろぎだったのか。
女はびくりと身をひきつらせ、しぼりだすような、
短い、しかし悲痛な叫びを漏らし、その場にがくりと膝をついた。
死闘の連続で疲れ果て、立つすら容易でなかった瀕死の女の身に、
三本の矢が肉を深く刺し貫く、その衝撃と激痛が彼女にはどんな鉄鎚に
なったか、想像するまでもなかった。
アリーナ全体が再び水を打ったように静まった。その中へ
おごそかな声が響いた。

「おまえがひたすら強い、だが淫らで恥知らずの
女戦士であることはもう十分分かった。
可愛いいわが兵士どもを、もうこれ以上死なせるわけにはいかぬ。
おまえはよく闘った。
もう十分だろう。
わが兵士どもを昨夜から既に七人ばかり殺したのだからな。
さあ、死ね。
苦しいだろう。なに、まだ死ねぬのか。
ではもう少し矢数をはずんでやろうか。
どこが良いか。胸か、のどか…、」

その声の間にも、マヤは力尽きる様子ではなく、
立て膝のまま腰の矢を身悶えしつつ抜き、肩へ抜けた矢柄を
ばしりと折って、自ら細身をひねり、悲鳴とともに一気に抜き取った。
兵士の一人がつぶやいた。

「あいつは、人間ではない、不死身の魔ものか、
そう、魔女だろう、疲れも、苦痛も知らぬかのような。」

一場に溜め息が広がった。飛んできた二の矢を
のけぞってかわし、仰臥した。柔らかな腹がせわしなく
ふいごのように上下して喘いでいた。更にそのまま
バックで泳ぐように片手を伸ばし、死んだ兵士の剣に
手を届かせた。ごろりと転がってうつぶせになり、
剣を口にくわえて苦しみつつ両の乳房を縫った矢を
抜こうとしている。しかし、抜き切れない。
凄まじい女の気力に皆は声もなかった。

矢はもう飛ばなかった。

登場門からばらばらと剣を持った兵士が出てきた。
三人、四人。しかし、それを見て乳房に矢を貫かせたまま、
ゆっくり立ち上がった血まみれの女戦士を遠巻きにし、
誰も仕掛けようとはしない。
五人目に出てきた、太剣を持った屠殺人はマヤの正面に
立ち、その突いてきた剣を腕もろとも叩いて跳ねあげ、
返す剣の腹で、その顔面を横に強く張った。
マヤは悲鳴もあげず、血を吐いて昏倒し、
少しの間苦しんでいたがすぐ動かなくなった。
豊かな金髪を地面に広げて、奇妙にねじくれ、
奔放に長い手足を開いた女戦士の細やかな血色の肢体は、
そのなお見惚れるような艶めかしさもあって、
更に悪戯でなぶられたり、切りつけられたり、
とどめを刺されることもなく、場内の兵士たちの歓声と好奇の視線に
そのまましばらく晒された。

ネタリウス副官が現れ、マヤの体をじっと眺めていたが、
すぐ、この死体を城門に逆さに吊るようにと言った。
全軍がこの女を見て出陣することになる。
この淫らで勇敢だった女戦士は、我が軍の守護神となって
門出を祝ってくれようぞ。

 

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