戦士マヤの危機

                          (1)囚われの戦士

 

  「……気を付けてな…。」

ジャンがぽつりと言った。

「よせ!心配は勇気をくじくぞ。マヤは大丈夫だ。やってくれる。」

サックスが笑って相棒をたしなめた。ジャンの憂い顔が赤らみ
そう言った男をにらみつけた。
マヤは二人の手を取り、交互に見詰め、微笑を返した。

  二人が自分をめぐって激しく争っていたことを彼女は知っている。
だからこそ、この危険な任務が、王の衛兵でもあるこの三人に任されたのだ。
良い競争心が二人を発奮させるだろうということに違いなかった。
しかし、二人のいがみあいは納まらなかった。今度の計画も、
マヤを敵の城へ送り込むということにも、二人の意見はくい違った。
サックスのたてた計画だった。無謀かもしれなかった。しかし、また、
思い切った事をしなければならないほど事態が切迫していることも
事実だった。マヤは自身、危ぶむジャンを説き伏せてこの危険な計画に乗った。

若いゼンダ王を強く慕いあげていたマヤだった。もちろんならぬ恋だけれど、
王様のために自分のいのちを賭けて、この任務をやりとげようと
彼女は奮い立っていたのだ。

 

  フランク王国崩壊後の乱れた中世、小国ゼンダの
領土だったこのオルタンス村に不穏な動きがある。
村のシンボルである険阻な古城を任されていたグラデウス将軍が、
ゼンダ王を裏切って兵を集めているとの噂が届いてから
まだ十日と経っていない。
まずサックスが派遣され、次いでジャンとマヤが応援の形で
この村に着いた。サックスが聞き込んで用意した、将軍の新しい
下女の役割を、マヤが村の貧農の養女という触れ込みで
古城へ入る口実にした。反乱軍の拠点、古城の内部事情が
これで明らかになるだろう。
ジャンの不安は将軍が色好みだという噂だった。マヤが若く、
美しい女だと知れば、その顛末は知れたことだった。
もちろんマヤも間諜として敵のもとに入る以上、
そんな危険は承知の上だ。
ジャンには悪いけど、任務のためなら、
王国を利する情報が得られるなら、
将軍の寝所に侍ることもしよう。
マヤはけなげにもそう思っていた。

だが、現実は更にむごく、凄まじいものだったのだ。

 

  サックスの知人の農夫に連れられて、
マヤは城の跳ね橋を渡った。目立たないように長い金髪を
頭巾にたくしこみ、顔を泥で汚していた。粗末な麻の上下、
長いスカートが大柄のマヤの肢体を慎ましく隠していた。
スカートの裾から覗く足もとは当然のようにはだしのままだった。
当番の若い兵士が農夫からマヤを引き取り、城の中へ導く。
鋭い視線が自分に注がれたのに目を伏せた彼女は気付いた。
そのまま狭い階段を降りて行く。
どうして地下へ?マヤは不安を感じ、身をひるがえして、
走って逃げ出したい気分にとらわれた。
その不安は現実になった。地下室で待っていた二人の兵士、
そして後ろで鉄の扉が閉まる気配。ここは牢だった!
兵士の一人が凄みの効いた憫笑を見せた。
「おまえの身分は割れているんだ。おとなしく、何もかも白状しな。
でなければ、生きてここを出れねえぜ。」

 

 

  当然ながら敵地への潜入は危険な任務であり、
こんなことも一応は覚悟はしていたマヤだったけれど、やはり
十九の娘である彼女にとっては苛酷過ぎる仕打ちだった。

マヤは死ぬよりも辛い運命に直面したのだ。

彼女は捕らえられ、衣服を剥ぎ取られ、生まれたままの姿にされて、
天井の梁から下がった二本の鎖に左右それぞれの
細い手首をじかに括られて吊りあげられた。
五人の兵士が爪先立って何の抵抗も出来ないマヤの
すべやかな裸身をなぶり回した。マヤは恐怖よりも、何よりも
耐え難い屈辱を感じた。名前を言え、とこづかれた。この村の、
先刻会った農民の養い子としての名を言い、嘘を言うなと頬を撲たれた。

「どこから来た、ゼンダ王のまわしものだろう、
分かっているんだ、言わぬと痛い目にあうぞ.」

実際、鞭が続けざまに打たれた。マヤの白い膚が
見る見るうちに紫色の条痕で彩られた。
三つばかりは悲鳴も漏らさず、歯を食いしばって耐えた。
「ほう、案外我慢強い女だ。なあ、きれいな裸が、もったいねえ。
その傷は一生残るんだぜ。いいんだな」
あとは際限もなく、続いて十も撲たれると息もできず、
我を忘れて叫び、苦痛に身を揉んだ。
気を失ったマヤは固い床に降ろされ、五人の男に存分に犯された。
ひどい扱いで気を取り戻すとまた吊られ、打たれた。
そんなことが延々と繰り返されたのだ。

 

  マヤは、人間というものが、目的達成のためには
どんなことでもやりかねないということを、身をもって
実感したのだった。若い女の人格を無茶苦茶に賎しめ、
心身ともにずたずたに傷付け、汚し尽くすことで束の間の
快楽を婪るという下卑た人間どもの存在も知った。
女剣士としての優れた技倆も、ひとなみ外れた脚力も敏捷さも、
自由を封じられ、彼らの悪戯を防ぐ何のてだても奪われた彼女には
無意味なことだった。
辛うじて足先が地面につくものの、若い女が何時間もこんな
辛い姿で我慢出来るはずもない。
しかしマヤは剣士として鍛えられた身で、何とか持ちこたえた。

  最初は心底恐いと思い、
鞭打ちには当然ながら悲しい反応を見せていたマヤも、
次第に状況に慣れ、自分の余儀ない反応が男どもを
いたく悦ばすことに気付いてからは、極力苦痛に反応することを
抑え、悲鳴や叫びをこらえ、歯を食いしばって息詰めを続けた。
隠し切れない陰部や肛門を弄ばれる悲しさも、何事でもないと
反応しなかった。もちろん邪悪な拷問者どもは彼女のそんな
反抗的な態度に怒り、冷笑し、更に激しくむごい仕打ちで
向かってきたし、羞恥責めにも涙を見せないマヤを淫売にも
まさるあばずれ女よと哂い罵るのだった。

  彼女は十九の娘の身で既に衛士として
ゼンダ王の側近に選ばれ、その愛顧を得るほどの技に長けた
廷内でも指折りの剣闘士だったし、その誇りが
今の彼女の心の支えになっているとしても、その誇りはまた、
思いがけず簡単に捕らえられ、こんな場所で無頼の男どもに裸にされ、
拷問や羞恥責めに遭い、凌辱されることで逆にしたたかな
辛さを彼女に強いてもいたのだ。

 

  マヤは処女ではなかったけれど、男たちの前で
裸になるというような経験は当然ながら皆無だったし、まして、
性の快楽をこのように一方的な暴力で求め、一方的に満足
出来るという化け物のような人間どもに直面して、
ただ当惑するばかりだった。
しかし、マヤは賢い娘だったし、ずたずたにされた自分の誇りも、
耐えて、耐え続ける限りいずれまた復権されるだろうと疑わなかった。
もちろん殺されることもあるだろうけれど、死ぬことは、
王の戦士にはさほどのことではなかった。
むしろこんなに自分を理不尽に汚し尽くす相手を激しく軽蔑し、
見返してやることで、心身傷付いた自分を慰めてもいたのだった。
グレゴリウス、この古城の主で、王に背いたという噂の将軍。
彼の息のかかった兵士たちが、ここにいる立派なやつらだ。
なるほど、頭目の品性も知られようというものだろう。

 

  もちろんマヤの体力も、精神力にも限度はあった。
最後まで我慢し通せる自信はなかった。いつまでこんな辛い
時間を耐えねばならないのか。むしろ、自ら死を選んだ方がいいのか。
ゼンダ王の名を、私の後ろだての名を、苦しまぎれに漏らすまでに。
しかし……。

 

  五人の尋問役は半日近い女への拷問にいささか疲れた。
傷ついた猛獣のように唸り、歯ぎしりしながらも目を吊り上げて
喘ぎ続けるいけにえの女の強情さに呆れ、いささか食傷もした。
なお口を割らない女を吊り上げたまま、皆で休息のために中座した。
久しぶりに一人にされて、束の間辛い緊張を解いたマヤは
ひどい興奮から覚めやらぬまま、眠れないままに暗闇の中で疑問を深めていた。
どうして私の身分が知られたのか。明らかに彼等は自分を待ち構えていて、
罠にはめたのだ。誰か、私を知っている、王に近い者が知らせたに違いない。
でも、疑うとしたら、この任務をセットしたサックスしかなかった。
そんなはずはない。
疑いは更にマヤを混乱させた。それよりも、
身を休めねばならない。
眠らねばならない。しかし、
むごたらしい姿のまま、
拷問で受けた全身の傷の疼き、ほてりに悩むマヤに、
眠りの快楽はなかなか訪れなかった。

 

  「ぎい」と正面の重い鉄の扉が再び音をたてた。
マヤは胸へ埋めていた顔を上げ、その方を見た。炬火の明かりが
漏れ入って、ざわざわと多人数の気配がここへ入って来るようだった。
マヤの胸は激しく騒ぎ、押し潰されそうな苦しい予感で一杯になった。
ああ、またやつらだ。私を責めに来るのだ。
辛い、地獄のひと時の再現だ。
しかしマヤにはそれから逃れる手段はなかった。先刻の五人が
更に増えて、十人を数える兵士がマヤの目に入った。
皆一様に正面のいけにえの姿を認め、相好を崩し、
ぎらぎらと目を光らせた。
ひょうと口笛を吹くものもいる。

「おお、すこぶるつきの、いい女だ。」

「まださほど弱っちゃあいねえようだな。」

「こいつは楽しめるぜ!」

口々に卑わいな言葉を交わしつつ、マヤに近付いてくる。
彼女は口惜しかったが、恐怖はもう感じなかった。それで、金色の
面紗のように顔を覆う髪の間からぎらと光る双の瞳で、激しく
男たちをにらみつけた。精一杯の軽蔑をこめた表情を口もとにつくった。

「おい、こいつ、どんな性根してやがるんだ。このおれさまに、
唾気でも吐き掛けねえ、ひどい面相でにらみやがる。ついさっきまで
泣き叫んで、狂い回っていたくせによ。」

大抵が新顔だったが、先頭に立ったリーダー格の、
この男だけが先刻もいて自分の躯を既に知っている。
一度ならず私の中で抜いたくせに、
まだ足りずここに戻ってきたのだろうか。
食い意地の張った奴!

「いいだろう、また泣かせてやるぜ、いい声で叫ばせてやるぜ。
鞭と、われらの十本の肉棒でな。」

皆が下卑た顔でげらげらと笑った。

  マヤがこの古城の地下牢に捕らえられてから
丸一日が経とうとしていた。つい二時間前まで、マヤは
ながながと五人の男たちに責め続けられたばかりだった。
私はここで、目的を遂げられないままこんなやつらに
なぶり殺される運命なのだろう。せめて、意気込みだけでも盛んなまま、
こんな下劣な娯しみにうつつを抜かす、若い女を人形のようにいたぶって
倦まないやつらを、軽蔑し尽くして死んでやる。

  この美しい不思議な女間諜を様々に責めて、
その素性を自白させるという陰惨なゲームに十人の兵士はしばらく
夢中になった。もちろん休みなく責め続けられるマヤは哀れだった。
四人の男に四方から息づくひまもなく鞭打たれ、失神を繰り返したし
、鋭い剣の先で全身を浅く切りさいなまれて血だらけになった。
逆さに吊られて大樽の冷水に首を漬けられ、悶絶した。
もっとも、美しい犠牲者のあどけない面影を残す美貌や、
形の良い乳房や、セックスは手指で弄ばれるだけで、
注意深く蛮行と血から遠ざけられたけれど、それもただ、
拷問に飽いた兵士たちが、その拷問の合間に意識のない
哀れな女体を眺め抱き回して楽しむ為だった。十何番目かの失神の
幸福を味わって冷たい石の床に倒れ臥したマヤを囲み、
兵士たちはほとほと女の強情さ、心身の強靭さに呆れた。

「こいつ、死ぬまで口を割らない積もりだな。」
「死にたいんだろう。その方がこいつにゃあよっぽど幸せなんだが。」
「恐怖も、苦痛も、羞恥責めも、こいつにゃあ何事でもないんだ。狂ってるのか?、もう」
「かもしれん。だがわしらは責めるのが仕事だ。辛い仕事だ。」
「違いねえ、わはは…。」

「おい今度の相手は誰だ、滅茶めちゃにこね回してやれ。
気が付くまでな。」

若い一人がマヤに重なった時、入口の扉が開かれ、従者を連れて誰か、
高位の者が入ってくる様子だった。

「副官様だ、ネタリアス様だ。」

誰となくそう言い、マヤを放置したまま皆はかしこまった。
将軍の右腕と言われた智将だった。マヤも知っている。
重厚な風姿があたりを払い、
倒れ伏したままの女をネタリアスは感情の少ない目で
しばらく眺めていたが、やがて誰にともなく口を開いた。

「拷問は中止して良い。女の素姓が分かった。
ゼンダ王の直属で、ずっと密かに養成されていた近衛の
戦士の一人だ。女だが、既に城内の剣技合わせでは一、二を争う
強さだそうな。」

「ふん、王の取り巻きは、若い女にも勝てない
腰抜けばかりなんだな。」

一人の歳かさの兵士が漏らしたのを受けて、
押さえた笑いが出たが、副官のゆっくりした視線の動きが
その発言者で止まったのを見て、静まった。

「女は吐いたのか?この様子では、そうでもあるまい。
余り敵をみくびらないことだ。」

倒れていたマヤはその言葉と同時に目を開いた。
いつのまにか意識を取り戻し、
副官の言葉を聞いていたのだ。ゆっくりと体を返し、

身を折って股間を閉じ隠すと、
相手へ赤く光る目を向け、りんと言い放った。

「副官さま、この、若い女である私への、貴方さまの
手下のひどい仕打ちは許されるものではありますまい。
裏ぎりものグレゴリウスの卑怯さと卑劣さは
正義からは遠いもので、この、私に対するひどい扱いを見ても
それは明らかです。ゼンダ王はあなたがたに
容赦ない鉄拳を奮われるでしょう。」

そばの一人があわてて彼女を黙らそうと脇腹を蹴った。
悲鳴もあげず、くの字になって腹をかばったマヤを
じろりとにらみネタリアスは言った。

「マヤとか言ったな。おまえ、素裸にされて恥じらいに
声も出ないのかと思うていたが、臆面もなく正面から
このわしに逆らいおる。そんな鉄面皮な女なんだな。
ともかく、正体の分かったおまえは無用の人間だ。
すぐ殺すことにするが、楽には死ねんぞ。
これからわが将軍の軍隊が出陣式を挙行する。
その晴れの場でおまえを血祭りにあげることにするが、
どんな死にざまがおまえには似合っているか。」

  マヤは覚悟を決めていたし、死は今の状況よりも
むしろ甘美なものに思えた。それで、言った。

「王の戦士としての私に、どうか、名誉ある戦闘死を賜われんことを。」

ネタリアスは初めてその醜怪な容貌をゆがめ、
ぞっとするような笑みを見せた。

「いいだろう、ゼンダ王の信任も厚いというおまえの、
戦士としての力をそこでとくと拝見しようではないか。」

マヤはきっと口を結んで更に言った。

「ありがとうございます。将軍配下でも
名のある戦士との公開での対決が許されれば、
私は勝てないまでも、さほど見苦しくない闘いをして見せましょう。
二日程も時間を戴ければ、不当な拷問で弱った体も
甦らせることが出来ますし……。」

ネタリアスはそこで高らかに嗤った。

「おまえ、わしの精鋭の戦士どもと、その涜れ切った身で
対等に闘おうというつもりか。笑止な。
おまえに与える戦闘死とは、
城の裏庭で飼われている精悍な狼どもとのことだ。
この日のために、やつらは三日ほども餌を与えず飢えさせてある。
さあ、ゼンダ王の近衛兵士として、立派にやつらと闘って、死ね。
手足は自由にしてやる。」

  余りのことにマヤは目が眩んで、すぐには何も言う言葉がなかった。

「ああ、何とひどい、そんな屈辱を受ける位なら、
ここで責め殺されたほうがましです」
当惑するマヤにはもう目もくれず、副官は女をすぐアリーナへ
引き出すように周囲に告げ、去っていった。
いいな、
兵士どもにはもう集合をかけてある。明け方までにはすべて終えるように。

  うずくまったマヤをひきずるようにして、
拷問者たちは刑場へと導く。その間中、マヤは周囲の
誰かれなく悲痛な声をあげて懇願し、叫び続けた。
ああ、ひどいこと。三百の観衆が、王を裏切った者どもが騒ぎ
眺める前に、この私の、汚し尽くされた傷だらけの、
生まれたままの素裸の身が晒され、
しかも、そこで十匹の狼どもに襲わせるなんて−−。
ああ、お願いです。せめてひと振りの剣を私に、何か武器を恵んで!。
私から奪った衣服を戻して。何か、身にまとうものが欲しい。
しかし、誰も血を吐くような彼女の言葉に耳を貸すものはなかった。
彼等は一様に冷笑し、こういうのだった。
「なに、心配するな。アリーナに引き出すまでに、手足の
いましめは解いてやる。だがな、それ以上のことはできねえ。

考えてもみろ、十匹の飢えた猛獣どもがいっせいにやってくるんだ、
おまえが多少腕に自信があったところで、
いくらおまえがよく動く手足をもっていたところで、
やつらの悪魔のような駆け引きやら、
つむじ風のような自在の動きと攻撃にかかっちゃあ、
たとえよくしなう長剣を手にしたところで、たまるもんか。
どうせ、あっというまに全身噛みちぎられ、食い散らされて、
ぼろぎれのようになっちまうんだ。

何にせよ、そう悲観することもねえ、
腹を空かせたやつらのことだ。
おまえが狂いまわり、ひと踊りする時間もなく、
苦しむ時間もなく、
その細い咽をひと思いに噛みきってくれるはずだぜ。

そうさ、おまえが地下牢で正気のまま我慢した長い時間に比べれば、
ずっとましなひと時のはずだ。
「だから、いまさら、格好つけて、じだばたするんじゃあねえ。
覚悟して歩きな。もうすぐそこだ、
おまえの死に場所は。

 

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