マヤ・パピヨン

(8)仲直り


この日当りのいい牢はどこにも影を作らなかったので、
真上から照りつける陽光から真耶たちがのがれることは出来なかった。
まだ二人に余裕のあった十分後に一度ドアを叩いたが何の反応も
なかった。
ドアは厚い鉄板で、手前に開くようになっていたが取っ手などはなく、
太陽の熱で焼けただれていたので真耶は拳で叩く以上のことは
出来なかった。その後、しばしば叩くために二人はドアの前に
居所を移した。もっとも、その鉄板自体の熱放射のためにそこは
更に熱い場所だということが分かったので、その後少し横にずれた。
カルメンたちが味わった苛酷な一時間を更に越えて、目が開かなくなった
ドゥラを地面に横たえ、真耶はその上に日除けになって重なった。
真耶の身体からはまだ汗が出ていたので、ドゥラはそれを舐め、
美味しいと言った。真耶は背中にドゥラの布を掛けて多少は息をついた。
もちろん彼女も参っていた。激しい頭痛が続き、次第に意識が薄れていく。
しかし目前の黒人女は更に衰弱の度を強めていた。真耶は思いついて
ドゥラの上で身体を上下回転させた。ね、怒らないで、あなたのために
なるかと思って。真耶は意思の力でわずかな小水を彼女の顔に
滴らせたのだった。ドゥラの目が開き、嬉しそうに顔を綻ばせた。
真耶は求めに応じて彼女の顔にその濡れた部分を密着させ、
舐めさせ続けた。二時間を越える熱射の試練にドゥラが持ちこたえた
のはただ、真耶のそんな献身の結果だった。

 

  真耶が存外に確かな足取りで開いたドアから
ぐったりした黒人女を抱えて入ってきたとき、その暗闇に近く
感じられる廊下の中程に心配そうに立つ白衣の老人の姿があった。
真耶はその男が医師であることを思い出した。

「アンリ、助けてやって、このひとを。脱水症状がひどいわ。
それに疥癬に効くくすりを。どうか……。」

アンリは真耶が思いのほかしっかりしていることに
驚いていた。もっとも、医師の目から見れば彼女自身が
危険な状態になっていることも確かだった。彼は所長から
ともかく彼女の命を救うようにと厳命されてここに来たのだ。
医師はまずドゥラの身体を水で拭い、全身の皮膚の炎症部に軟膏を
ぬってやり、立てるようになった彼女を牢へ帰らせた。真耶はその様を
満足そうに見ていたが、やがて激しい頭痛に耐えられず意識を失った。

 

  真耶がまた意識を取り戻したのはそれからすぐだった。
アンリが冷たい水を含んだ布を頭に当ててくれたので気がついたのだ。
柔らかいベッドに寝るのは久しぶりだった。しかし、どうにも落ち着か
なかった。そばにあの女がいたからだった。エマ。彼女は冷ややかな
視線を真耶のむきだしの身体に向けていた。彼女の汚れた腰の布は
まだそこにあったけれど、股間を隠すのには何の役にもたっていなかった。

「どうだい、すこしは懲りただろう。何もかも知っているんだ。
看守どもから聞かなくても、身体じゅうの傷やら憔悴しきった顔の
表情が物語ってるんだよ、惨めな毎日が。」

「そう悪いこともないわ。腐った娼婦として生きるより、ずっと
スリルがあるし、生き甲斐もあるのよ。」

「カルメンにいじめ殺された女は何人もいるんだ。おまえだけは
そうならないという保証はない。」

「カルメンとはもう友達だわ。抱かれたがってるのよ、彼女。
私がドゥラと一緒にいたら激しく嫉妬するの。可愛いわ。」

エマの自尊心はその言葉で傷つき、窮地にいる真耶を救って
やろうかという多少優しい気分を失ってしまった。怪物女カルメンと
自分を一緒にして嗤っている憎らしい真耶をそこに見たからだった。
何という強情な女だ。
真耶のためにとアンリが用意していたコップの水をその手から邪険に奪い、
これ見よがしに飲み干してから、エマは顔も見ずに真耶へ、牢へすぐ戻れ、
といい捨てて不機嫌に出ていった。アンリがまた別のコップに水を注ぐ間もなく、
すぐ部屋に入ってきた二、三人の看守が真耶を荒々しくベッドから
引き降ろし、連れ出していった。

  頭痛は続いていたし、飲めると思った寸前で諦めなければ
ならなかった水への未練で気力も失われていた真耶は自力で歩いて
牢まで戻れるかどうか、不安はあったけれど、それ以上に看守たちの
妙ににやにやと互いに目で言い交わす態度が気掛かりだった。
こんな看守たちにつきまとわれるのなら、這ってでも牢へ戻った
方がましだ。危険だった。案の定牢からさほど離れていない、
彼等の詰め所になっている回廊のくぼみの前まで来て、真耶は
前後から挟まれ引き込まれた。そこにはなお数人の看守が椅子に
座っていた。明らかに真耶を待っていたのだ。いつもは二人が
十二時間交替でここにいるのだが、これは、多分今日の日光浴で
駆り出された看守たちの全員だった。六人いる。逃げ路を押さえられて
真耶は棒立ちになったまま茫然としていた。
肩を強く押さえられて、床に座れ、という。
真耶はその手を振り払った。

「おい、なにを渋ってるんだ。約束じゃねえか。そこに
寝っ転がれって。何も脱ぐものはなさそうだが、面倒がなくていい。」

どっと笑いが起こった。

「嫌よ!何が約束よ、水の一滴もかけてはくれずに、無茶な
甲羅干しにあって殺されかけたんじゃないのさ。言った通りに
やってくれないのに、なんでこんなこと……。」

真耶はすぐそばの牢の女たちに自分の状況を聞かせて
やろうかと思いつつ、やはり屈辱には違いなかったし、同情など
期待できそうもない連中であり、隠しておくべきだと思ったので、
結局押さえた声になった。口惜しかったけれど、怪我をさせられる
よりはおとなしく従った方がいいと思いはじめていた。彼女に選択の
余地はなかったのだ。不機嫌なままゆっくりとその場に座り込み、
そのあるかなきかの布を腰をよじってほどき始めた真耶にまた
失笑が湧き、解き終わるまでに待ち切れない一人が頭を強く押したので
真耶はあっけなくあおのけに倒れ、それを皮切りに彼女の受難が
始まったのだった。

  しかしベッドもなく、筵のような敷物すらない
冷たい煉瓦敷きの床に裸の身体を押しつけられての輪姦は、
よく似た経験がなくもない真耶にも情けなさを通り越して、痛快とすら
感じられた。手慣れた一人が真耶の口を使い注がれた精の液を
渇きも極限にあった真耶がひとしずくも漏らすまいとばかりに
喉を鳴らして嚥下する光景に周囲はあっけにとられ、笑い、
続く者が相次いだ。

  どうやって牢に戻ったのか真耶には覚えがなかった。
食事の時間も過ぎて夜になっていたはずだ。しかし、かなりの
騒ぎを牢内に引き起こしたような、ぼんやりした記憶はある。
あちこちを蹴られ、転がされて、そのせいだろう、もうあくる朝に
なっていたが全身の打ち身が痛くて起き上がることも出来ない。
ふと思い当って何もない腰をまさぐり、ずっとあの間右手に貴重な
布玉を握り締めていたはずだのに、と、これから全裸で過ごさねば
ならない我が身が哀れに思え、真耶は気が滅入った。カルメンの
呼ぶ声が真耶に届いたのがちょうどそんな時だった。
真耶の目覚めを待っていたようだった。

「マヤ、可愛い淫売さん。こちらに来なよ、そのままでいいから。
おまえはどんな格好でも見飽きないよ。」

真耶は不機嫌に無視したが、そばのドゥラが気付かせてくれた。
カルメンは三角布を二枚結んだような真耶の腰布を手招きする手で
ひらひらさせていた。仕方なく真耶は立ち上がって牢内の殆ど端から
端までの距離をゆっくり女たちを踏まないように気をつけながら
歩いていった。いつもやっていることだった。しかし今は全身が痛く、
熱っぽくてだるく、歩くこと自体が辛かったし、もちろん全裸でいることの
屈辱もあった。皆の好奇にあふれた視線が痛かった。この躯がつい
昨夜、看守たちのおもちゃになったことを知らぬ者はいないはずだし、
努めてなにげなくふるまってはいてもあちこちに目立つ新しい打ち身や
擦り傷をはじめ、汚れたままの生々しいセックスなどなど、その痕跡を
意地悪い目つきでまさぐるような彼女たちの目から彼女は躯のどの
部分も隠すことは出来ないのだ。しかし、真耶は結局、悪びれずに
皆の前を歩き通し、カルメンたちの前に達した。腰を下ろそうとした真耶を
留め、立っていろという。しばらくじらしたあと、カルメンは案外簡単に
布を真耶へ返した。立ったまま元の位置に布を回して括った真耶を
じっと眺めていたカルメンがまた口を開いた。

「ふん、気にいったよ、マヤ。いい度胸しているじゃないか。もう
戻って来ないかと思っていた。新しい制服を貰って、シャワーくらいは
浴びてくるだろうともな。ちょっと違った、また格別の、なかなかいい目に
会ってきたようだが、まだ男どものザーメンのシャワーなら許せるって
ことだ。ちょっと多過ぎたんだろうけどな。」

周囲が少し湧いた。真耶は不快感を少し顔に出した。

「私の大事なものを取り返してくれたことは感謝するわ。
もういいでしょう。向こうへ行くわ。」

カルメンが自信たっぷりに言った。

「どこへ行くっていうんだい。この牢は皆の場所で、
おまえはここにいてもいっこう悪くはないんだ。」

「また殴られるかもしれないし、不愉快なんでしょう、私の態度などが。
でも私は素直なたちで、思ったことを言わずにおれないのよ。
あなたがたとは合わないかもしれないわ。じゃあ……。」

カルメンはそばに座っていた取り巻きの一人にどけ、と言い、
真耶の居場所を作った。

「おまえに、居て欲しいんだよ。その身体からぷんぷん匂う男の
においもおつなものだしそれにもっと、もっと看守どもに要求して欲しいんだ。
おまえのことならやつらも聞くようだからな。」

「そして、その度に私はたっぷり五、六人のならず者に犯されるってわけね。
身体が持たないわ。一体、日光浴でひどい目にあったんじゃあなかったの。
もうこりごりなんでしょう。わたしのやることには。」

カルメンは今日は忍耐強かった。多少決まり悪そうな表情で弁解した。

「長すぎても困るけど、太陽に当るのは悪くない。
身体がかゆくなくなったし、元気にもなる、と皆が言うんだ。
時間に手加減は出来ないだろうか。それにシャワーか、プールでも
いいだろうが、看守に要求を続けてくれないだろうか。」

「それは、私の問題としてもそうしたいけれど、余り期待されても困るのよ。」

「おまえが嫌なら頼むことはない。ただ、ここにいて欲しいんだ。」

真耶は思ったより彼女が早く軟化したことが嬉しかった。

「カルメン、あんたが率先してここの二十人みんなに出来るだけ
平等を心がけてくれるんだったら、私はどこにいてもいっこう構わないのよ。」

 
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