マヤ・パピヨン
(6)B監房

以前真耶が入っていた場所の、廊下を隔てた隣りにその
「B監房」はあった。同じ広さで、同じ機能を持っていたが、
中に入っている女たちが二十人と倍以上の数だった。
その人数の多さもさりながら、以前の牢の雰囲気とがらりと
異なっているのはまずその年齢の幅の広さ、人種の雑多さだった。
老女とも言える何人か(彼女たちが四十そこそこであることを
真耶は後で知った)を筆頭に、若い女の中には二十にいかない
ものもいた。しかし真耶が前の牢で接した女たちとはっきり
異なっていたのは皆、将来に何の希望も持っていないという
ことだった。皆多少の差はあれ歪んだ、周囲に対して敵意か、
憎悪にも似た雰囲気を発していた。だから、若く、顔立ちも
悪くない女でもまるで魅力が欠落していた。気力や精気が
見られなかった。痩せて、明らかに病気と分かる者も多かったし、
疥癬など皮膚病に侵されているものが大半だった。悲惨としか
いいようがなかった。
果たして彼女たちに刑期というものはあるのかしら、と真耶は
思ったほどだった。なるほど彼女たちが皆向こうの「娼婦たちの部屋」
から排除されている女たちだということは真耶にも納得がいった。

  向こうでは見られなかった「差別社会」がこの
牢ではあった。つまり牢名主的な女の存在と、それを頂点とする
階層化された女囚たちだった。基本的には入牢順の序列に違い
なかったが、やはり身体の大きさ、腕力か押し出しの強さが
関係して多少複雑だった。背は真耶と違わなかったがよく
固肥りした、眉間に二筋の皴がある女、大き目の乳房を見な
ければ男としか思えない女、カルメンと言った、がこの牢に
おける女王だった。カルメンは入ってきた真耶をしばらくつくづくと
眺め、その衣服を要求した。自分のものと交換しようということだった。

  なるほど、真耶の制服は彼女たちのものに比べれば、
新しいだけ汚れも傷みも少なく、新人の制服が召し上げ
られるのは、ここで慣習になっているようだった。まだ自分を
ここへ押し込んだ看守たちが立ち去らずに外から覗きこんで
いる。それを承知でカルメンは自分に脱ぐことを強いようと
しているのだ。既に二度の懲罰を受け、全裸にもなった
真耶だった。逆らっても無駄だと判断すると素直に
それを解き、渡した。カルメンは素裸でしばらく立ちすくんだ
真耶の躯を多少嫌悪の混じった表情で眺め、自分のものを
それに替えた。彼女の体型を反映して、そのま新しい囚人服は
真耶の着ていた時とはかなり異なった、寸づまりの感を与えた。
女はそれに多少失望した風だった。ともかく脱いだものを
くれるものと思って待っていた真耶は、カルメンが不機嫌な
ままそれを無造作にそばに座っている別の女に渡し、
つぎつぎにその行為が他の女に繰り返されるのを黙って
見詰めていなければならなかった。結局、真耶が自分のものだと
渡された惨めな布片を受け取ったのは、それから小一時間も
経ってからだった。それは紐もなく、丈も片面が半分近く裂けて
短くなり、ともかく黒く変色して汚れ、わざとになされたものか
汚物がついて臭っていた。落胆した真耶は身につける気にもならず、
座り込んだまま折って下腹部に置いた。途端に脇から怒声が飛んだ。

「早く、身につけるんだ。それとも不服なのかい。その着物が!」

  真耶はそれを眺めながら、注意深く裂き、
ひどく汚れた部分を捨て、半分以下になったましな部分を
残して腰に巻き付けた。立ち上がって入口の鉄格子の前に立ち、
叫んだ。

「看守さんたち!私達をこんな惨めな格好にして笑っているの?
新しい制服を早く都合してよ。わかった!?。」

その真耶のデモは何も実効はなかったが、女たちを
多少まじめにさせる効果はあったようだった。誰も真耶の
新鮮な衣装の着こなしを悪くは言わなかった。ただ、ひとり
その剥き出しにした綺麗な乳房を嫉妬して、それに手を出す女は
多かった。

カルメンは真耶を身近かに呼んだ。好意を持っているとは
思えなかった。座らせず、棒立ちにさせたままで言った。

「さすがは娼婦あがりだ。乳房を見せることなど、何とも
思っちゃあいないんだな。小憎らしい女だよ。」

「私は娼婦なんかじゃないわ。確かに、その目的でさらわれて
来て、隣りの牢へ入れられたんだけど、誰とも寝てはいないよ。
客を取るのが嫌だといったらここに押し込められたのよ。」

カルメンは更に憎悪と猜疑の増した鋭い目で真耶を
にらみつけた。

「嘘だ。そんな女はこれまで一人もいなかった。いや、
一人いたが偽装だった。警察の回し者だ。スパイだった。
ヤクの情報を探りに来やがったんだ。もちろんしっぽなんぞ
つかませやしなかった。責め殺してやったさ、ここでな。
もっともおまえのような別嬪じゃあなかったが、おまえは別嬪だから、
余計怪しい。責めがいもあるさ。さあ、白状しな。誰に頼まれて
来た。警察でなかったらどこかのコネクションか、マフィアの筋か、
どうだ。」
「違うわ、全然見当違いよ。私はただの行きずりの旅行者で、
連れを殺されて船に乗せられ……、ああ、嫌あっ。」

真耶を五、六人の女が、それはカルメンの忠実な手先だったが、
取り囲み、押し倒して床に両腕、両足を押さえつけ、牢の
入口の格子の前まで引きずり、剥き取った彼女自身の
腰布を更に二つに裂いて真一文字に広げた脚の足首を
格子に括りつけたので、真耶の躯は外へ向かって最大限に
開かれてしまった。さらに腕を頭の上で交差させて格子を
くぐらせ、長い彼女自身の髪で縛ってしまった。看守たちが
面白そうに前でなじるのも聞こえないほど真耶は屈辱と
髪のつけね、それに股関節が痛むことで苦しんだ。カルメンが
楽しげに看守へ向かって言った。

「さあ、この嘘つき女は男に抱かれるのが嫌でここに
入ってきたんだってさ。看守ども、遠慮はいらないよ。
もう必要ないもんだ、こいつのちょっと口惜しいほどきれいな
おっぱいも、ざっくり開いたまんこもみんなで無茶苦茶に
してやるんだ。持っている鉄砲の尻ででも、靴先ででもいいさ。
さあ、早く。」

二人の若い看守はにやにや笑うばかりでカルメンの
挑発にはとうとう乗らなかったが、真耶は一時間ばかり
そんな極限状況に置かれてすっかり気弱になってしまった。

「ねえ、勘弁しておくれよ。確かに私は娼婦が嫌だって
言ったけど、男が嫌いだなんて一言もいっちゃあいないよ。
ここが使えなくなるのは困るんだ。早く、解いておくれ。」

自分でも、次第に彼女たちのどぎつい言い方が
身についてくるのが分かる。激しく暴れたら足のいましめは
切れそうだったが、いずれまたそれを自分の唯一の
衣服として使わねばならないことは明らかだったし、更に
引きちぎることは出来なかった。結局、彼女は二時間近く
そのままにされ、解かれたのは就寝前の食事時だった。

  この牢の食事は荒々しいものだった。
家畜の餌よろしく牢の前にドラム缶を半割りにした容器が
置かれ、その中に流し込まれた半流動食めくものを手で
すくって食べるのだ。かかる順番は決まっており、最後
近い真耶たちは常に殆ど何も残っていない缶の底を何度と
なく掻き取って指をなめるのだった。つねに満腹を楽しむ
カルメンたちが肥るのは当然で、最後近い女たちが
慢性的な栄養不足で弱るのも無理はなかった。真耶は
次の食事時に、むさぼり続けるカルメンたち最初の組に
やんわりとたしなめた。

「いつも空腹で病気になっているひともいるのよ。多少は
遠慮して、平等に食べられるようにして。」

カルメンは憎悪をむきだしにした。すぐ配下の女が
真耶を捉えた。両手を二人に確保されて棒立ちになった
真耶の顔や腹を何度となくカルメン自身の拳が襲った。
口が切れ、血が滴った。真耶は声もあげないまま降参の
しるしに膝をついて倒れ伏した。しかし、次の食事には
真耶も何事もなく参加し,状況は多少好転した。真耶が
意外に頑丈な躯であることを皆は認めた。


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(7)サン・ベイズへ続く 

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