マヤ・パピヨン
  (3)逮捕


二人とも、人相は悪かったが、カラカスで見かけたと同じ
警察官であることは真耶にも分かった。気後れしたが、堂々としておれば
良いと自分に言い聞かせ、真耶はタオルを取り、ボートの上に立ち上がって
警官を見上げた。

「警察のひとでしょう?。ちょうどよかった、行こうと思っていたの。」

なぜか後ろの男が弾けたように笑った。前の男も苦笑した。

「何がおかしいの、海賊に襲われたのよ、私達。三人は殺されたわ。
ヨットも沈められるし……。」

何も聞いていないようだった。前の男が岩からボートの近くに降りてきた。

「若い女が一人で、煽情的な格好で町を歩こうってのか。恥知らずめ。」

確かに、ここは浜ではあっても金持ちたちが集う娯楽の地ではないし、真耶の、
水着と変わらない姿に慣れていない彼等には、大層刺激的なのだろう。黙って
タオルを拾い、体に巻こうとすると男はまた笑った。

「余計なことをするな。おまえが平気ならそれでいい。それより荷物を見せろ。」

取り上げたバッグをひったくるように奪い、中を荒々しく探る。思い当ることが
あって、真耶は、しまった、と思った。どうして改めておかなかったのだろう。
案の定、警官はバッグの底から手のひらに余るほどの白い粉が入った
ビニール包みを見つけ出した。険しい表情になって真耶をにらむ。

「これはなんだ。」

「それは……、知らないわ。はめられたのよ、海賊どもに。私は全くの被害者よ。
問い合わせて、日本の領事館に。『一之木真耶』よ。カラカスのホテルに聞いて
もらってもいいわ。二日前に泊まったのよ。本当よ。」

「見え透いた嘘を言うな。純度にもよるが、これだけのものをどうして素人に
渡すんだ、やつらが。おい、女を引っ張っていけ、おれはボートを調べる。」

大変なことになった。真耶は唇を噛んだ。もっとも、警察署に行けば
簡単に疑いは晴れるだろうとも思った。自分が常習者などでないことは
すぐ分かるだろう。もっとも、注射跡を探すために裸にされること位は
我慢せねばならないかもしれないが、ひょっとすると婦人警官がいるかも
しれないし。

 

  ジョージに会ったころから真耶は自分でも急速に
擦れてきたことを自覚していた。ひどい目にあうことで内向きになる人間も
いれば、彼女のように逆に男に慣れ、何とも思わなくなる女のタイプも
あるのだろう。中年の警官に指摘された半裸の姿もブラジルでは現地の
若い女たちの間で普通に見られたものだったし、さほど抵抗もなかったの
だった。もっとも、ジョージに会う前はショートパンツなどで街を歩くことは
なかった。カップルになってからは、危険が減ったことで意識せず大胆にも
なったようだ。ジョージは誉め上手だったし、彼女も肌身を晒すことに悦びを
感じるようにもなった。もっとも、カラカスに来てからは、これしか着るものが
なかったことでもあるし、ブラジャーも着けず、ブラウスの裾を括って、臍を
見せて過ごしたのだった。そんな真耶の姿をジョージは素敵だといって喜んでもいた。

  リオで強姦されたことによる心の傷が、ジョージのおかげで
化膿せずに済んだと真耶は思っているけれど、彼女自身の強さにも
よるのだろうか。昨夜の経験など気が変になるほどの凄まじいもの
だったけれど、真耶はそれほど心に傷を受けなかった。もちろん
不愉快な、みじめな思い出ではあったけれど、出来れば早く忘れたい
と思っている位のものだ。何人とも知れない男たちの体液に汚れ放題の
まま、最小限の衣服を身につけ、なお海の潮に濡れた身体でオフィシャルの
四輪駆動車に無造作に乗り込んだ。彼等が無意味に身体に触れてくるの
にも、真耶は嫌悪感を顕わに見せない忍耐力を示す。

  これは真耶の身体の状況にもよるのかもしれない。
彼女は短い結婚期間の終了後に医者に言われたように多分、不妊症
だった。妊娠する恐れは極めて少なかった。だから昨夜のような
輪姦の経験でも、嫌な病気をうつされなかっただろうかという気分が
主に彼女を憂鬱にさせているだけだった。もちろんあんな経験は
一生に一度あればいいだろう。ジョージのおかげでセックスが楽しい
ものになり始めていた真耶でもあった。だから、一度は危機を逃れたと
喜んだのも束の間、再び怪しげな状況に弄ばれつつあった彼女が
切に願ったのは、この警官たちが昨夜のような悪漢でなく、まともな
人間で、ともかく自分が現地で法のもとに扱われることだった。
バッグに入れてくれたはずのパスポートも、カードの類いも、現金すら
もない(もっとも、それはあとで思いついたことで、あのときは彼等から
解放されるという嬉しさで舞い上がっていたし、返された荷物を改める
余裕はなかった)となると、もはや彼等の厚意にすがるしかなかったのだ。
しかし、その望みは次第に心細いものになっていった。

  真耶は動き出した車の堅い座席の中で、まず後ろ手に
括られた。運転席で待っていた一人とあわせて三人の警官が犯罪者と
された真耶を囲んで署へ連行することになったのだ。少なくも最初の内は
そう考えていた彼女も、車が曲がりなりにも舗装された、おおむね海岸に
並行して走る道をある時点で離れ、森の中へ荒々しい運転で突っ込んだ
時には強い不安に襲われた。

「どこへ行くの。警察署へ行くのじゃないの?。」

男たちは真耶の質問を無視し、無言のままだった。

「ねえ、答えて!あなたがたは警察じゃないの。」

警官たちはどんどん警官らしくなくなっていく。横に座った一番年長の
男が抵抗の出来ない真耶の胸や腰に手を触れ、パンツに手を突っ込んで
股間をなぶり始めるに至って、真耶は自分がいよいよ容易ならない
危機へ向かっていることを覚悟しなければならなかった。思い切って
車から飛び降りようかとすら真耶は考えたが、相当な速度で走る
車から不自由な身を投げる勇気はなかった。一時間近く、密林を
開いてつけられた不整地を走った車は、やがて森を焼き尽くした
荒れ地が視界一杯に広がる開けた場所に出た。牧場にでもしようと
いうのか。道の脇に一軒の掘っ立て小屋が立っており、車の気配を
感じたのか、牧童のような鍔広の帽子をかぶった半裸の黒人が
出てきた。とても警察署といえるようなものではなかった。彼等の
魂胆が見えてきたように思った。見つかったヤクは高価なものであり、
彼等の間で密かに換金されて山分けされるのだろう。邪魔になる私は
ここでやつらに犯され、殺されるのだろうか。真耶は自分でも不思議な
ほど恐怖がわかなかった。散々あつかわれたわりには海から上がった
ときのままを留めている姿で、真耶は車から降ろされ、小屋へ押し込まれた。
窓はなく、簡素な椅子とベッドがあった。ひどく暑かった。警官たちは
ひとしきり外で男と話しをしている様子だった。真耶はその内容を
聞きたかったけれど、何も聞き取れなかった。

  どうしたら確実に逃げ切れるだろう、と真耶は椅子に
腰掛けて考えていた。彼女の不利な点ははだしのままだったことだが、
真耶は脚力とスタミナには自信があったし、来た道が舗装道路だったら、
小屋へ押し込まれる迄にもう走り出していたかもしれない。それだけの
すきはあった。夜になったら、多分逃げ出してもつかまらないだろう。
それまで生きていられればの話だが。やがて車のエンジンがかかり、
警官たちは元来た道を戻っていった気配だった。よだれを垂らさん
ばかりに自分の身体を眺めていた彼等が、ともかく欲望を果たすことなく
去っていったことで真耶はほっとした。やはり彼等は、一応、本物の
警官だったようだ。少しは良心も残っていたのだろう。しかし、どうして
自分はこんな奥地に連れてこられたのだろう。小屋の男は何者なのか。
海賊が私を解放した意図は何だったのか。どうして麻薬をボートに
乗せたのか。単なる彼等のミスなのか。結論が出るまでに男が小屋に
入って来た。内側から鍵を掛け、すぐ真耶を抱き、手のいましめを
解かないまま裸に剥いてベッドに押し倒した。予想しないでもなかったが、
ジョージよりも大きな筋肉質の黒人に真耶が抵抗することは無駄だけでなく、
危険でもあったから、悔しかったけれどなされるままの時間が続いた。
男はよほど欝積していたのか、ほとんど三人分ほども疲れたと真耶が
思ったほどの執拗な攻撃から彼女が自由になったのは、日も傾き
はじめたころだった。天井の隙間から差し込む光の角度から時間の
経過が真耶には感じ取れるのだった。そのころまでには手首のいましめも
解かれていたけれど、男が真耶をベッドに放置したまま椅子に座り、
どこから出してきたのかコップに水を注いでゆっくり呑んでいるのを
横目にしながら、彼女は水を自分にもと要求する気力もなく、股を広げた
まま動けなかった。

 

  夕刻近く、遠くの空からヘリコプターの羽根音と分かる
騒音が近付いて来た。男は真耶をしばらく見詰め、下に落ちていた
パンツとブラジャーを掴むとそのまま立ち上がった。自分に渡してくれる
のかと思った真耶は男がそれを持ったままで自分のズボンのポケットに
ねじこみ、鍵を出してドアを開け、出ていくのを亜然と見送ることになった。
外部の騒音はもう小屋を揺るがすほどになっている。この近くに降りる
らしい。何者だろう。男はそれを予期していたような態度で、多分、
仲間を迎えに出たのだろうけれど、自分をうかがっているような女の
態度を警戒して、逃げられないようにと衣類を持ち出したのだろう。
もっとも、この後に彼女を待っていた過酷な運命を、もし彼女自身が
予期していたのなら、そしてそれから逃れ、自由を得るための最後の
機会が今しかないということを知っていたのだったら、真耶は全裸であっても
ここを逃げ出しただろう。鈍痛の残る股間でなんとか立って歩くことは
出来たにせよ、長く走れる身体でないことは確かだったが。

  機はすぐ近くに降りた様子だった。思ったより早く男は
戻ってきた。真耶へパンツを投げ、つけろと促す。ブラジャーも、と
彼女が催促したが無視し、代わりに以前通り後ろ手に括り回された。
更にタオルで強く顔を覆って括り、目の見えない真耶は小屋から
引き出された。間断無く爆音の響く方へ、導かれるままに真耶は歩いていった。

 
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