マヤ・パピヨン

(29)負けないマヤ



族長と、更に歳の長けたインディオの間に並び立って、真耶は声を張り上げた。ヘリの四枚翼が起こす風が真耶の長い髪をなぶって小さな顔を半ば覆い、なびかせた。

「あなたがたの悪事はみなばれて、ベネズエラ中のニュースになっているそうじゃないの。それでも私をここで殺す元気があるの?さらって帰って、また閉じ込める理由はあるの?これ以上の悪事を重ねず、さっさと戻った方がよくはない?」

男たちの目の不真面目さはなお消えなかった。真耶の膿んだ乳房や、剥き出しの下半身を無遠慮に眺めている。

「よくもそんなでたらめをいいいだすことだぜ。ここをどこだと思っている。この一と月ばかり密林をほっつき歩いていたおまえが、どうしてそんな知ったふうなことを言えるんだ。」

真耶は言葉に詰まった。ここは、たしかになお密林の中、無法地帯だった。強力な武器を持った彼等の前では、ジョージたちの存在は明かせない。言えば彼等も危険に巻き込む可能性は高かった。いや、ここに単身出向いたこと自体、彼らを救うためではなかったか。

「昨日、ツカピタの神父がここに来て、教えてくれたのよ、ニュースのことなどを。あなた方はもうおしまいだって。また来るわ、今日にでも。新聞記者などを連れて。」

真耶の言葉が彼等に予想外だったことは明らかだった。当惑している様子が見て取れる。どこまで本当なのか。もう一人の看守はインディオの言葉が喋れるらしく、なにごとかを族長に向かって尋いた。真耶は緊張した。まずい、いま彼等がここにいることが分かったら、二人も続いて引き立てられる可能性があった。しかしインディオ達も心得ているようで、軽く受け流しただけだった。確信を得られない看守は更に懐疑的になった。

「誰に入れ知恵されたのか知らんが、そんなことはどうでもいい。だいいち、どうして神父はおまえを連れて帰らなかったんだ。誰もここへは来なかったはずだ。そうだろう。
おまえについては、逃げる途中で、われわれの同僚の看守を四人ばかり殺したっていう確実な証拠があるんだ。どうだ、顔色が変わったじゃないか。」

真耶は動揺を隠せなかった。インディオの言葉が喋れる看守は、またなにごとかを族長に向かって言った。族長は静かだったが、もう一人のインディオは真耶の顔をちらと見たようだった。疑い出したのだろうか、この不思議な女のことを。

「知らないわ、そんなこと。」

「ひとつ言ってやろうか。おまえの腰に巻き付けたナイロンの綱のことだ。インディオの部落では手に入らぬしろものだ。おまえが行方不明になった三人と、少なくも接触した証拠だ。そうじゃないのか、え?」

真耶はあせった。何にせよ、堂々として見せることだ。

「ともかく、あなた方は何をしにここへ来たの。だれも歓迎などしていないのよ。私がこの乳房を矢で射抜かれたように、あなたがたもそんなことにならない保証はないわ。早く出ていくのよ」
しかし、それはないだろう。真耶はここでは孤立していた。一週間、看病してもらった。それが限度だった。傷だらけの、裸の痩せた浮浪者である私は、ここではもう厄介者、邪魔者でしかなかった。この訪問者らに刃向かっても、危険なだけで何の得にもならないのだ。自分が半ば突き出されるようにしてここに出ざるを得なかった事実がそれを証明していた。彼らもそれを承知の上で、もう飲んでかかっている。

「おまえが、一緒に行くって言えば、すぐにでも出ていってやるさ。」

「嫌って言えば?」

「もちろん、強引に連れて帰る。あくまで抵抗するならここで撃ち殺す。」
そばの看守が銃を構え直した。本気なのだろう。真耶はみじろぎもしなかったが、インディオの一人がわずかに身をひいた。
「そうだな、インディオどもも、ついでにやってしまってもいい。だが、あくまでおまえ次第だ。聞けば、こいつら、ひととおりは我々の命令どうりにやったようだし、族長の命は救ってやってもいいんだ。『殺してもいい、埋めたりせずに、今度来たときにおまえと確認出来るように』といっておいたんだが。矢を二本も射られて、穴に放り込まれて二日間も放置されて、まだ生きていたそうだな。全く、不死身なんだ、おまえは。」

自分に選択の余地はあるだろうか。二つの銃口がそれぞれ自分と族長に向けられている。ヘリで待機している操縦士もなにか、銃のようなものを持っている。真耶が黙り込んだのを見て、一人が彼女の横のインディオに何か命令した。気弱な感じの年長の男は真耶の腰の綱を解き、その綱で後ろへひねり回した彼女の細い腕をひとつに括ろうとする。真耶は拒んだ。
「おい、ここでやってもいいんだぜ。そんときゃあ、みな一緒だ。」
銃口がぴたりと族長と彼女の顔に向けられる。真耶は口惜しそうに唇を噛んだまま、なされるままになった。後ろ手に括られたあと、男にどん、と背中を突かれ、ヘリの方へ追いやられる。族長は気の毒そうな表情だったが、他のインディオたちは厄介者を追い払う気分なのだろう。この女に未来はないだろうが、我々が殺されることはなくなる。看守の手が真耶のほそい二の腕をつかむ。振りほどこうとしたが、相棒の銃口が乳房にめりこんで、苦痛に目がくらみ、逆らう気力を失った。

「ひひ、口惜しいのか。なに、どうせおまえは逃げられねえ運命だったんだ。」

結局真耶の躯は轟音をあげるヘリの上へ押し上げられ、狭い操縦席の後ろへ引き込まれた。途中から真耶はなされるままになっていた。三度目の脱走も失敗したらしい。まあいいか、ジョージと抱きあったのはいい思い出になった。そう思っても、やはり口惜しさは隠せない。二十日間の辛い逃走の努力は無残についえたのだ。そんな気落ちした真耶を、看守たちはなおかさにかかっていたぶる様子だ。

「どうだ、気分は。まるひと月ばかり密林をうろつき回って精々気ままな自由を楽しんだわけだ。畜生め、手間どらせやがって。」

  横たわったまま顔をそむける真耶に、迷彩服は心地よさそうにライフルの銃口をその痩せた喉元に押しつけ、のけぞらせつつ、なお腫れの引かない右の乳房を片手でわしづかみにした。真耶は苦痛に身をよじって慄いたが、男たちはその反応を楽しみつつ、銃の筒先であちこちを突きまくり、股間をさばいて膣内をこねまわした。呻き声が悲鳴に変わって血と小水がほとばしった。手足を伸ばす余裕もない狭い場所だった。耐えるしかない。真耶の不幸はなお始まったばかりなのだ。
「ふん、インディオどもとも散々たのしみやがったんだろう。俺にゃあ、わかる。」

  ドアが閉められる。タービンエンジンが吹きあがり、回転翼が更に勢いよく回りはじめるとヒューズ四人乗りの機はゆらりと傾き、浮上を開始した。民間の人間らしい操縦者を除き、二人の男たちの関心はひとつ、床に転がった荷物、真耶の表情と躯に向かった。

「ふん、自業自得か、きれいな裸をぞっとするような傷だらけ膿だらけの躯にしちまって、もう抱く気にもなりゃあしねえなあ。」

言われるばかりでは気が滅入るばかりだ。真耶はうめくように反発した。

「結構よ、あんたなんかに抱いてもらわなくったって。」

「四の五の言わず、早く四人をやった場所を白状するんだ。」

「知らないって言っているでしょう。」

「言わなきゃあ、ヘリから逆様にぶらさげてやる。川に沈めてピラニヤにかじらせてやる。傷だらけの身体だ、よく食いつくだろうよ。」

「何だって、やりたかったらやりなさいよ。何度も泳いだわ、この躯で。平気よ、ピラニヤも、カンジェロなんかも経験済みだし。」

「強がりを言えるのも今のうちだぜ。いずれ、生きて監獄へ戻っても、三度目の脱獄未遂だ。すぐなぶり殺しだろうが。」

看守二人はそんなことをいいつつ、真耶の両足首を機内にあった綱でひとつに括った。抵抗をする余裕もなく、真耶の躯は開いたドアから押し出され、空中へ投げ出された。すぐ綱が尽きて、飛び続けるヘリから逆様にぶらさがる。長い髪をなびかせてきりきりと風に舞う真耶の痩せた裸身。真耶は恐怖で生きた心地もなかったが、悲鳴もあげず、耐えた。ヘリは川の上を飛んでいる。両側に密林の壁が続く。かなりの低空飛行だ。綱の長さは五メートルに足りず、もう川面の方が近いのを真耶は知った。絶望と恐怖の中でなお彼女はしっかりした意識を保っていたのだ。その視界は更に下がり、水面すれすれになった。窓から男のにやけた顔が覗いた。

「おい、どうだ、気分は、今更でもなかろうが、ぶざまな格好だぜ。おい、見ろ、平気な顔で上をにらみやがる。狂うか、気絶するかと思ったんだが。」

「そういう女だ。やつをもっと楽しませてやろうや、なあ。おい、もう少しゆっくり飛べ。この速さで水へ突っ込めば、いくら奴でもすぐまいっちまうぞ。ホバリングは無理か。」

川面へ沈める積もりだ。確かにそうだろう。逆立つ長髪の先が水面に浸ったと感じてすぐ、激しい衝撃で真耶は鞭打たれたように全身をのけぞらせた。顔が水を打ったのだ。へりのスピードが緩んでいなかったら、あるいは首の骨が折れたかもしれない。ざっと水を切り、しぶきが上がる。もう頭部は水面下に沈んで見えない。むごい状況だった。機は更に速度を緩めたけれど、当然真耶の苦しみ、恐怖は続く。狂おしく腰をねじり、脚を曲げたわめて身を縮め、顔を水から抜き、辛うじて息をつないだ。上から無慈悲な笑い声が聞こえる。

「おい、引きあげてやろうか。四人のこと、白状するんだぞ。」

苦しみと恐怖のさなかにある真耶に、とても思考する余裕があろうとは思えなかったけれど、男たちは、その辛い状況のさなかで、なお、彼等を一瞥した女の目に激しい挑戦的な感情を見た。

「懲りねえやつだ。鰐にでも食われてしまえ。」

機体は更に下がった。しぶきをあげつつ真耶の上半身がすっかり水に沈み、そのまま曳かれていく。もう腹と下半身が、伸び切った綺麗な脚が水面に見えているだけだ。鰐が来なくても、ピラニヤをはじめ危険な肉食の水棲類に満ちた川だった。単なる水責めなどではないスリルと、エロチックな眺めに男たちは興奮を隠せない。かなりの時間を水中にあった真耶はもう悶える力も失せたのか、それとも水を呑んで気絶したのか、曳かれるまま動きがなかった。

「おい、あげろ。ここで溺れさせるのはもったいない。」

もちろんその状況から、女は気絶していても不思議ではなかったけれど、水を滴らせながら引きあげられた真耶は、精一杯の吸息を果たした後、蒼白の顔にはわずかな紅みが戻りなお上をうかがって意識のあることを示している。極限の状況で、なお生きる望みを捨ててはいないのだ。

「もっと苦しめてやるんだ。もっと長く、溺れるまでな。」

「戻るには燃料が足りませんや。これきりにしてくだせえ。」

操縦士が不機嫌そうに言った。しかし、この若い女をむごく責めつける大がかりな拷問の作業そのものには情熱がなくもないようで、彼自身も犠牲者の状況を眺めつつ、微妙に高度を加減している。ざぶり、としぶきがあがり真耶の躯は再び水面下になった。その水の抵抗と浮力で一瞬橈んだ姿形を利用した真耶は更に激しく身を揺らせ、全身をくねらせ、逆えびに曲げたわめると、勢いで足元近くの綱に顔を寄せて噛みついた。眺める看守たちは驚き、また悦んだ。

「おい、凄い格好だぜ。アクロバットを見ているようだな。」

「まだまだ元気なんだ。びっくりさせるじゃないか。」
「なあに、すぐ我慢できなくなる。息ができないはずだ。」

もちろん後ろ手に括られた真耶にとっては死にもの狂いの辛い作業だ。水からは逃れたけれど、息も満足にできない、辛い不自然な姿形だった。綱を噛み切る積もりだろうか。半インチに近いナイロン索を食い切るのは無理だった。きりきりと舞い、ゆれる。

「もっと下げろ、足元まで、全部漬けて沈めてしまえ。」

女の文字通り懸命の努力を嘲笑うかのように、更に機は高度を下げ、再び真耶の全身は水中に没した。息だめができたのか、どうか。ヘリが向かうそのすぐ先に、大きな流木が半ば川をせっきっていた。女が引っ掛かる!操縦士はあやうくそれに気付いて高度をあげようとした。真耶の足と顔が水面に現れた。そんな彼女の目が流木を捉えていたのかどうか、水中でも綱を噛み、その逆えび形のまま耐えていた彼女の力がそこで尽きたのか、綱から口が離れた。流木の目前で女の上半身が逆ざまに水面へ落ち、頭からざぶんと水中に沈んた。流木に、真耶の体は腹のあたりで打ち当り、逃げるよりもむしろ顔と上半身をそれに潜らせるように、水中で一瞬巻きつくようになって糊着した。木は重く、水上にある女の足首から伸びた綱が一瞬強く張り、ヘリの浮力を削いだ。綱が切れたのか、どうか、機体から綱の端が飛び出た。その大きな負荷を放り出したことは、ヘリにとって正解だったことは確かだけれど、少し遅かったようだった。機は不安定に少しかしいで飛んだあと、右の川辺へ寄っていき、茂みへ突っ込んだ。やがて大きな音と共に燃え上がった。

 

  その爆発音が、半ば水中に沈んで気を失っていた真耶の意識を呼び覚ました。がぼっと水を呑み、苦しみつつ必死でバランスをとり、流木にすがって、なんとか水面に顔を浮かせる。奇跡のように真耶を載せていた大きな流木は一方を川岸にひっかけていて、手足が不自由な真耶だったが、危険な川から、慎重に岸へ身を寄せていくのに大層役立った。何とか生き延びられるかもしれない、と真耶が思ったのは、岸辺に寄りつき、這い上がり、ひどい全身の傷を確かめる気にもならず、そのまま倒れ込み再び気を失った、その直前のひとときだった。

 

  ヘリが炎上したのは、三人の搭乗者たちにとっては不幸だった(彼等は全員焼死した)けれど、流木につかまって生き延びた真耶にとっては幸運だった。彼女が拉致されたインディオの部落からそこまでは、かなりの距離があったけれど、その火と煙がその椿事をジョージたちに知らせ、真耶を早期に救出出来た要因になったのだった。三日後に発見され、すぐ病院へ収容された真耶の状況は生死にかかわるひどいものだった。しかし彼女の強い生命力がそれを克服した。ジョージと真耶は再び奇跡を喜びあうことができた。

 
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