マヤ・パピヨン
(25)逆転



マヤが気を失っていた時間は長くなかった。「目を覚ませ!腕が抜けるぞ。」という声を聞いたのだ。彼女がピュウマと闘った場所だった。木の枝から下がった二本の綱に真耶の手首は括りつけられて、ぶざまにぶらさがっている。たまらなくあちこちが痛かった。頭の傷をはじめ、ひどく傷ついているのだろう。しかし足で立ってみると腕の負担は少なくなった。回りを見回し、三人の男を認める。看守の一人は見覚えがあった。捕まったのだ、という実感でまた目の前が暗くなるような気分がぶりかえす。しかし真耶は弱みを見せまいと思った。あらためて自分を眺める男どもの馬鹿面をにらみつけてやる。

「あきれた女だ。気が狂ってるのか。これだけの傷で、息を吹き返したと思いや、余りへこたれてもいねえんだ。」

「違いねえ。あのちんけな腰布まで脱ぎ捨てちまって、まっぱだかでこんな剣呑な密林をうろつき回るんだからな。まったく、十日以上も何食って生きてたんだい。まさか何も口にしないであれだけ走り回れるわけはないだろうしな。」

「気が狂ってなどいないわ。すき好んで裸になどなるわけないでしょう。みなあなた方の計略じゃないの。あの布のきれはしは泥沼を這っているうちに解けてなくなったのよ。」
低い、かすれ声だったが、十分に男たちは理解した。

「ほう、まだそれだけのことが言えるんだ。ライフルが頭を削ったから正気に戻ったのかな。だが、たいしたやつだ、素手であの大山猫とわたりあうなんぞ、まさしく女豹のようなやつだぜ。ひどい傷だが、平気な顔で、痛がりもしないんだ。このはだか女ひとりが重装備の男ども十人を密林中引きずり回しやがったんだ。十日間もだぜ、畜生め。」

「まだあとから沢山、来るのね、私をいじめるために。」

「なに、もう来ねえよ。皆んな参っちまって砦へ戻ったんだ。俺たちは船で川を辿ってきた組だ。四人いたが、カリストロなんぞは船から揚った早々に鰐にやられた。足を食いちぎられて泥沼に沈んじまった。おまえも通った場所なんだろうが。ともかくひどい毎日だった。ヘリが川を泳ぐおまえを見つけたから良かったが、でなけりゃあ、まだまだ地獄が続いただろう。犬のやつらも密林には怯えていたからな。結局二頭とも殺されちまったんだ。おまえが軽くあしらった、こいつにな。」

猟犬が、ピューマにやられたという。真耶にとっては願ってもない幸運だったはずのその出来事が、結局彼女自身に最大の災厄をもたらしたのは何という皮肉だろうか。真耶はその手負いのピューマに襲われてひどい傷を受け、それを追ってきた敵に撃たれて捕らえられてしまったのだ。鰐の攻撃から逃れ、ピラニヤにも襲われなかった強運の真耶のつきがとうとう暗転したのだ。十二日間の苦労は水のあわになった。真耶は今、言葉もなかった。多分、心身ともに打ちのめされたこの哀れな捕虜は、このままでも衰弱して死ぬに違いないと思えるだけの瀕死の重傷を負って、実際なお血が止まらなかった。ただ目の光だけが不気味なほど強かった。

「おまえにとっちゃ、何ともつきがなかったとしかいいようがねえだろうが、昨日、おまえが走って逃げるところを見たときも、犬どもは反応したが、わしらは皆、しばらくは信じなかったのが正直なところだ。カリストロのように鰐に襲われて、いずれどこかの泥の中に沈んで見えなくなっているか、飢えて行き倒れになっているか。

「それに、この二日間山猫がつきまとって気味が悪かった。もう戻りたいばかりで、だから、おまえもとっくにこいつの餌食になってばらばらになっているに違いねえとか言い合って、そろそろ引き返そうかという瀬戸際だった。昨夜も寝ずにこのオンサーの野郎を警戒していたんだ。おまえどころじゃなかった。やつは犬を狙っていたんだが、結局、いい仕事をしたわけだぜ、犬のやつらは。

「まあ、おまえも結局、つきが落ちたってえところだろうが、こんな危険なけだものはこの森にはわんさといるんだし、そんなまっぱだかのままで武器もなにもないおまえは、いずれやつらに食われていただろうよ。」

  ピュウマが皮を剥かれて肉になり、彼等が持ってきた鍋の中で煮られていた。いい匂いがしていた。吊られたままの真耶は空腹だった。何か食べさせて欲しいと懇願した。余ったらやるよ、と男たちはそっけなく言った。おまえが死んだ証拠を見つけるか、間違いなく殺すかしないうちは戻って来るなときつく言われたんだ。この十日間、おまえも苦労したことは確かだろうが、それに引き回された自分たちはもっと辛かった。その苦労を忘れるためにも、一晩たっぷりと楽しませてもらってから殺してやる。泥だらけ、傷だらけ、蛭やらうじ虫やらでぞっとしない躯だが、前よりさほど痩せてもいないし、何か凄い野性味が黒ずんだ目もとにも出て、前よりももっと抱きたいような、図太いけだものの魅力が匂い立っているようだぜ。せいぜいおまえも死にぎわをおれたちと楽しむんだな。

  なお吊られたままで、真耶は代わるがわる三人に腰を抱かれて攻められた。真耶自身は致命傷を負っているとは思いたくなかったし、不思議にも苦痛は耐えられないほどでなく、気力の喪失もさほどでもなかったのだけれど、たしかに相当の重傷を負っていることは間違いなかったし、頭の銃創を含めてかなり血が流れていた。山猫に背中を爪で掻きむしられた跡がもっともひどいようだったけれど、唯一目で見える、右の乳房の上の傷も深く裂けていて、そこをなぶられるのは辛かった。結局吊られたまま犯されたのは、背中の傷を更に傷めないための配慮のようなものだったのだろう。彼等が持っていたあり合わせの薬で一応の消毒をしてくれたのは、いずれ殺そうかという獲物への扱いとしては矛盾していたが、いずれしっかりした治療を施さなければ、敗血病などを起こさなくても、なお続く出血や苦痛のための体力の消耗で、いずれ真耶は死ぬことは確かだった。それを意識しているに違いない男たちは真耶が消耗し、意識を無くすまで徹底的に攻め、息を吹き返すと再び争って抱き、その痛いばかりの反応をむごくも楽しんだ。もちろん抱きつかれ、躯をいじらればいやおうなしに苦痛でもがくことになる真耶は、貫かれるとまた異なった反応を余儀なくされ、情けなく思いつつ次第に薄れていく意識の中で、わらわば笑えといった投げやりの気分も生まれて、不思議な恍惚感の中で声を出し、しばらく夢のような瞬間も味わったのだった。だらりと顔を胸に埋めてとうとう動かなくなった真耶を、まだ抱き足りないというひとりが手首の綱を解き、地面に寝かせて更に重なってくる。しばらく動かなかった真耶は、男の体重の圧迫で背中の傷が開いて再び意識を取り戻し、痛い、痛いとうめき続ける。それを意に介せず、男は勝手にむさぼったあげく、さっさと真耶の中で気を遣ってしまった。

 

  残った二人はよほど気が済むまでやり終えてもいたのか、そばの凄惨なほどの男女の営みからしばらく関心を逸らして食事にせいをだしていた。だから、真耶が自由になった両手と、おあつらえむきになお片手に残っていた綱で、いい気持ちでもたれかかってきた男の首を絞めつけ、意識を失わせてそれを自分の上からどかせ、更に手の届く範囲にあったライフルを取って残った二人に照準を合わせたことに気付くのが遅れた。真耶は銃の扱いを知っていたし、幸い手に取った二連発のライフルには弾が詰まっていた。三人の男が瀕死の真耶の躯から快楽を引き出すだけでなく、獲物を倒すのに幾分かは貢献して、自身ひどい傷も負った彼女にその肉のひとかじりでも与えていたら、あるいはこれほどの報復を受けることはなかったかもしれない。三人の冷血に対する彼女の怒りは、初めての体験であれ、死に怯える生きた人間へ引き金を引くのに躊躇させなかった。結局、一度は獲物を手中にした追っ手たちは自分の突然の変事に、ほとんど抵抗もしないまま死んでいった。彼等がこの獲物をひとりじめにして楽しむために監獄への報告を遅らせていたことも、真耶に逃走の継続を可能にさせたようだった。彼等が持っていた高性能の無線装置、そしてGTS(地図上の位置を専用の衛星からの電波で割り出す測定機)を効果的に使っていれば、なお真耶が数日の内にも他の追っ手に捕らえられる危機は去らなかったはずだ。

 

  どうしても三人の男を殺さねばならなかったのかどうか、そんな疑問と後味の悪さで真耶が悩み始めたのはしばらくたってからだった。直後の達成感と心身の疲労で放心状態のまま、真耶はかなり長い間意思を失ったようにその場に座り込んでいた。それから、彼等が作った山猫の煮込みの残りを食べた。人間の食事をしばらくしていなかった真耶には最高の美食だった。特に汁がおいしいと思った。そのあとであたりを明るくするために焚火の火をかきたてながら彼等の持ち物を点検した。地図と磁石、そして無線機などを見つけた。ビニールの袋に入った真耶自身の懐かしいデニムのパンツにしばらく見とれた。それが猟犬に自分の臭いを特定させるためのものだったらしいことに、やがて真耶は思い至った。

  防水マッチと久しぶりに身にまとうパンツ、それに三十センチばかりの山刀を取り、あとは置き捨ててその殺戮の現場を逃げるようにして離れた。夜が近付いていた。三つ(四つ?)の死体と一緒に長い夜を過ごすのはぞっとしなかったし、死体の臭いを慕って集まってくる獣たちと顔を突き合わせる危険も避けたかったのだ。

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