マヤ・パピヨン

(22)密林彷徨
 その2

  追跡は始められたのか、と疑ってみるような日々だった。あせるほどには途は進んでいないようだったけれど、身近かに彼等の気配を感じたことはなかった。追跡はなかったのか。そうあって欲しかった。可能性はある。多分、シルバも言ったように、女は生きてこの森を出ることはないだろうと彼等は考えたのかもしれない、と真耶は期待を込めて思った。それは不思議な気分だった。彼等の思いは多分、正当なのだろうと真耶は思うのだ。私は、いつ死んでもおかしくない地獄へ入り込んでしまったのだ。マングローブの森では何度となく泥の中に落ち込んでもがいたし、毒蛇を剥き出しの肌身近くで見つけ、身を引いたことも一再ではなかった。何ものが潜んでいるやもしれない暗い茂みの底にひろがるどろりとした沼に傷だらけの裸身を沈めて泳ぐことも日常だった。自分でも不思議におもうほど、様々な危険に対する恐怖感は麻痺したように平気になっている。以前なら見るさえおぞけがさした生き物を肌身に這わせ、素手で捕らえ、裂いて口にする。泥がついたままで。

  こんな私を、彼等は自殺を志し、ひたすら死へ進む向こう見ずな女と思っているだろう。もちろん生きてこの地帯を抜け出す万分の一の可能性に賭けて女は入って行ったのだろうけれど、この水と植物のおびただしい地獄の正体を何も知らなかったのに違いないと思っているのだろう。

 

  ようやく、真耶も気付き始めていた、この人跡も稀な南米の沼沢が全くあのアマゾンの自然と変わることのない、あるフランスの地理学者が言うところの、人間に対して敵対的な「緑の地獄」であることを。つまり、侵入することも容易でないこの稠密な密林は、しかも底を水と泥に覆われ、中には他の旧世界の熱帯にも見られない危険ないきものが多数棲息して、立ち入るものの生命を危うくするという。「パピヨン」という世界的にベストセラーになった脱獄囚の実録には、彼の最後の収監場所のバリヤーになったこのあたりの川と自然をこう書いている。数分で人間でも動物でもむさぼり食ってしまうカリバ(鯰の一種?)やピラニヤ、また餌食のまわりを回って素早く放電して殺し、それをしゃぶり尽くすタンブラドール(電気うなぎ?)などの肉食魚が一杯いると。

  おまけに大きなカイマンやらアリゲーターなどの鰐が回りで目を光らせているとなれば薄暗い沼の水辺に寄りついて水を啜るだけでもよほどの慎重さと勇気が必要だった。しかも真耶は絶えず前方に横たわって歩みを妨げる、びっしりと水草に覆われた暗い森の中の深い淵へ、手探り、足ずりしつつ素裸の身を沈めて泳ぐ勇気を持たなければ、ただの一歩も前へ進むことは出来ず、その場に立ちすくむしかなかったのだ。もちろん、何の目標もなく、全く見通しの利かない暗い密林は、何日進んでも変化がなく、風景らしきもののない巨大な地下洞窟の迷路のようなもので、真耶の精神がよほど健康そのものであっても、果たしてわずかでも目的地に近付いているのかどうか、ぐるぐると同じ場所を動き回るだけで一歩も前へ進んではいないのではないかというような疑心暗鬼にとらわれ、結局、絶望から狂気を得てしまう危険は常にあった。真耶が危険を冒して朝夕の数回を喬木に登り、木の実を捜すついでに太陽の位置を確かめる煩わしさをいとわなかったのはこのためでもあった。

 

  高い場所へ登ることは嫌いではなかった。もちろんなお彼女の張りを失わない剥き出しの乳房や内腿は木の粗い表面を強く擦り動かされるためにいつもずたずたにささくれ立っていたけれど、そんな苦痛やら不快感は、時として目測三十メートルはあろうかと思われる抜きんでた木の梢近くにまで登る時の緊張と達成感で忘れられた。蜂の巣に気をつける位で、蛇などに出会うことは滅多になく、ただ手を滑らしたり、バランスを失ったりしなければ地上の闇より危険は少なく、格段に気分はよかった。ただ、みちのりがはかどらないことが気ふさぎなだけだった。猿のように枝から枝を飛び渡ったり、蔓を使ってスウィングが出来たら、格段に道ははかどるのだが、さすがの真耶もそんな度胸はなかった。

  少しずつでも進んでいるらしいことはやはり樹上からの眺めで見当がついた。森の闇の底を切り裂いたような暗い川を泳ぎ渡ったこともあったし、脱走した日に泳いだような沼地を突っ切ったこともあった。ひたすらに南を目指した結果としての辛い行軍だった。

  流れは感じられないものの、大きな河の一部を思わせる数百メートルもの川を前途に見た時は、しばらくの間泳ぎ渡る勇気が出なかった。数時間、流れに沿って茂みを進み、鰐などの気配のないことを確かめてようやく水に入った。脇腹をつつく、ピラニアらしい魚の群れに出食わし、胆を冷やしたことも何度かあった。鰐に見詰められながら泳いでいることに気が付き、必死で泳ぎ抜けたこともあった。しかし、次第に真耶は恐怖を忘れていった。忘れなければ、どんな危険が待ちかまえているかと想像をはじめたらきりもなく、暗い水面に身を沈めることはおろか、常に膨らみ続ける恐怖に打ちのめされて狂い、暗闇に立ち尽くしたままそこで飢えて死ぬしかなかったのだ。

 

  そして、いつかは、と思っていたことが起こった。薄暗い洞窟のような密林の底に口を開いた真っ黒な沼は視界の限り左右に広がり、迂回する気にもならずそのどろりとした水に足を浸し、淀みの中を注意深く見詰めながら異物の有無、危険のないことを確かめ、やがて全身をその水に沈めて泳ぎ始めた真耶に、いつもにない慎重さ、何らかの予感はあったのだろう。思ったよりも深く、冷たい水にいつになく恐怖を感じ、早く向こう岸へ着きたいばかりで大きくしぶきをあげた。水中にひそんでいた敵に突然太腿を噛みつかれ、引き込まれ、振り回された。
鰐だ。
もちろん真耶はすぐ死を思った。冷静になれる筈もなかった。しかし、多少は理性が残っていた。恐怖と絶望で恐慌を起こして夢中で暴れて傷をより広げたり、狂おしく泣き叫んで水を肺腑に吸い込み、溺れて悶絶し、なされるままに水底へ引き込まれる前に、まず自分の傷の状態と相手の大きさ、他の仲間の有無を確かめつつ、水中で手探りのまま敵の顎へ両手をねじこんで広げるなど、可能な限りの有効な抵抗を工夫し、相手から逃げおおせる努力を続けることで、真耶はひどい傷を負いながらも何とか逃れ、水面ヘ浮き上がり、いのちを拾うことができたのだった。後から思っても、身震いを禁じ得ないような、信じられないほどの冷静さ、自分の勇気だった。敵がさほど大きい個体ではなかったらしいことも幸いした。自分を呑み込むほどの敵だったら、多分真耶の太腿は噛み砕かれていただろう。

  真耶に幸運がついて回ったことは確かだった。密生した植生を延々とくぐり抜けるだけで彼女の素裸の身はおおげさでなくずたずたになり、無数のとげが身体に残って彼女を常に苦しめた。連日の蚊や毒虫の攻撃による膿み爛れも加わって、身体に血を見ないことが稀だった。そんな身体でピラニヤの巣のような沼や川に入り、泳ぐことがどれほど危険なことか。実際、この世界でも有数の水の森の中には、それこそ彼女を引きずり込み、噛みつき、剥き出しの器官にもぐりこみすらして肉を食らおうという、数知れないいやらしい肉食のいきものどもがうようよ棲んでいるといって間違いではなかった。水辺や茂みの底にはひと噛みで呼吸が止まるような猛毒の蛇や毒ぐもが多くひそんでいたし、大きな鹿や水豚を常食するアナコンダ、巨大な水蛇もよくみかけた。ここで最も危険な猛獣はジャガーだったが、それより小型のピューマや大山猫も、武器を持たない人間を餌食にする可能性はあった。夜行性の大蟻食いに目をつけられたら最後だ。浅い眠りに入った真耶が抵抗するひまもなくのしかかられ、巨大な爪で抱き締められ、鋭い吻で血を残らず吸い尽くされるだろう。そして真耶はそのような恐怖の多くを知らなかったし、知らないことが幸いすることも、世には随分あることは確かだった

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