マヤ・パピヨン

17)人狩り


B監房に運び込まれた真耶は三日ばかりこんこんと眠りこけた。
正気に戻ったあとも一週間ばかり立てなかったけれど、周囲の
思いやりもあって回復は早かった。シルバたちも真耶をいじめることは
もうなかった。前回の懲罰牢からの生還も含めて、真耶がどれほど
強い女であっても、心身ともに正常なまま戻ってくることは有り得ない、
と言われたなかでの出来事だったから、彼女たちは看守の話を聞くまでもなく
心底驚き、真耶の勁さを誇りにも思ったのだった。ずっと無口で過ごす
真耶に気遣い、誰も男囚の監房で過ごした日々のことを聞こうとは
しなかったし、もちろん真耶自身も何も話さなかった。彼女が被った
心の傷の深さはその容易に晴れない表情からも分かるのだった。

 

  真耶が立てるようになってから、男囚の監房で奪われた
ままだった彼女の腰布が還ってきた。男囚のひとりが保管していたのだった。
当然ながら自業自得として新しい衣服を支給されるあてもなく、女たちの
間でもずっと全裸のままで辛い思いをしていた真耶にとっては、くるりと
腰に低く回して結ぶだけが精一杯の布片ではあったけれど、それを身に
つけることで幾分か人心地もついた。しとど汚され酷使されて糜瀾し、
形の変わったセックスや肛門をわずかでも隠すということで、ようやく、
周囲のだれかれなしと顔を合わすことが出来るようにもなったのだった。
キングのおかげで外すことができた鉄の手枷と首枷が再び身を拘束することもなく、
真耶にようやく以前の平穏な日々が戻った。

 

  「人狩り」の噂を聞いたのは真耶がまた歩けるようになってから、
ひと月ほど経ったあとだった。看守の話では十日もせずにそれは
行われるという。大抵の女たちは噂にそれを聞くだけで、具体的には
どんなものなのか知らなかった。最近は体調を悪くして発言力もなくなっている
カルメンが唯一の体験者として、言葉少なく語った。

「例の、町からの客の慰みだよ。シルバたちは抱かれて彼等を喜ばしてた。
私達は逃げ回って彼等を楽しませる。私達が辛いのは余り変わらないけど、
彼等には大層エキサイティングなゲームなんだそうだ……。」

  ……ハンターになる客は望遠鏡と縄で武装する。
刃物や銃器は持たないことになっている。B監房の女囚たちが
荒野へ放たれたあと、時間を置いて出発するハンターたちはその
「獲物」を生け捕りにするべく追い回す。そんなゲームなのだった。
収容所の西に広がる岩がちの荒野を日没までの間、捕まらずに
逃げおおせた「獲物」の女は最大は一年、捕まるまでの時間の長短によって、
それなりに刑期が短縮されるという。もっとも、捕まったら客の望み通りに
ならねばならないことが不文律なのだ。大抵はその場で強姦ということに
なるのだろう。日がくれたらゲームは終わり。すぐ戻らねばならない
ことは言うまでもない。いつも数人が戻らないのは、禁じられている
海や荒野の果てた奥の沼(真耶が泳いだ沼だろう)に入って鮫や
鰐などの犠牲になる女がいるからだと説明されている。しかし、
実体は分からない。真耶の例で分かるように、脱走など不可能だし、
試みても当然てひどい懲罰が待っているから、逃げる女はいないだろうし、
実際、沼の向こうの森へ捜索が出たという噂は聞かない。
沼を越えようとする女はいないのだろうか。実際にあったとしても、
それらは皆把握されているのだろうし、ひょっとして、ハンターたちに
よる快楽殺人があるのかもしれない。

  皆が感じた気欝さと恐怖に反して、三度目の脱走を
考えていた真耶にとっては願ってもない機会だと思った。今度の懲罰で
衰えた体力は、完全に回復したとはとてもいえないけれど、これをのがす
ことは出来ない。そんな気の張りが分かるのだろうか。彼女自身
一時よりも努めて目立たないようにしているのだけれど、以前の生気が
戻ったことは、その明るい表情で分かるようだった。確かに股間の疼きも
収まったし、以前のように房内の散歩も始まった。監房の女たちだけではない。
看守たちも真耶の生命力には舌を巻いている。大抵の場合、
男女に係わらず懲罰を受けたあとは心身ともに落ち込んで病気がちになり、
二度と立ち直れないだけでない、長くもなく死ぬことすら多いのだった。

  もちろん、真耶にしてみれば以前の体力は望むべくも
なかったし、もっと時間があれば、と思わないでもなかったけれど、
周囲の誰もが想像も出来ないほどの不敵な気概が真耶には育っていた。
私は死なない。きっとやり遂げて見せる。

  荒野については、一度経験しているから作戦が立てられる。
しかし女たちの気分を思い、真耶は強いて自分の計画を皆には打ち明け
なかった。B監房で十人、というのがその要求人員だったが、当然ながら
誰も出たくはないらしい。食物も水もなく炎熱下を逃げ回らねばならない
女たちには苛酷なゲームで、熱射病などで倒れる者も多く、一日捕まらずに
いることは不可能に近いことだという、そんなカルメンの話が皆に恐怖を
植えつけている。確かに、身を隠す場所の殆どないあの荒野を、
日なが逃げ回るのは辛いことだった。このまともな服とも言えないような
裸に近い囚人服姿で女囚たちに荒れ地を必死で走らせ、その景色を
楽しむのが彼等の狙いなのだろう。もちろん、彼女たちどころではない、
僅かな腰布だけの真耶の条件は、更に過酷なはずだった。

 

  しかし、真耶に言わせれば、荒野のエリアでぐずぐずせず、
そこから逃げ出すことを前提にすれば話は変わってくる。前回は靴を
支給してくれたという話も、真耶の希望をかきたてた。はだしで逃げる時の
ために彼女は意識して鍛えているが、前回の逃走のときもあしうらを切って
苦しんだ。なるほど狩りをする立場にすれば、収監の前からはだしに
親しんでいた一部のインディオ女を除くと、靴がなければすぐ怪我をして
走るどころではなく、追い回す張り合いもないのだろう。真耶にとっては、
履きものを得ることで脱走が格段に容易になる。この上ない脱走の
機会だとすら言える。一気に荒野を全力で走り通せる計画もたてられるのだ。
そのうちカルメンが珍しく真耶に口をきいた。

「おや、マヤ、おまえだけはさほど気には病んでいないんだね。
まさか、この機会を利用して三度目の脱走をと思っているんじゃ
ないだろうね、まだ歩けるようになってから間がないというのに。」

真耶は何も言わなかったが、カルメンはあとで気になることをいった。

「どうせ脱走なぞ不可能なことは分かっているんだが、あいつは
馬鹿だからまたやるだろうってね。今度のゲームは、実のところ
おまえを罠に掛けて、またやつらで楽しもうって算段なんだよ、きっと。
おまえが逃げようとするだろうことは、やつらも当然予想しているに
違いないからね。やめておくんだね、命を縮めるようなことは。
二度も懲罰食らったおまえが、まだ生きていられるのが不思議なんだよ。
しかもそんなきれいな体でね。」

いや、私はもうきれいな体では絶対にない。数え切れないほどの
男に汚され尽くした身であり、その肌はみじめな日常と貧しい食餌で荒れ、
癒えているものが大部分ではあっても、一生残るに違いない毒虫の
噛み傷が崩れた膿み跡や、キングがつけてくれた煙草の火傷は監房の
仲間でさえ目をそむけるほどだ。何にせよ、今度失敗したらもう次の
チャンスは来ないかもしれない。よく考えて決行するのだ。

 

  前夜に看守から簡単な説明があり、十人の指名者が
読み上げられた。カルメンの名はなかったが、シルバをはじめ彼女の
取り巻きの元気な女たちが名前を連ねていた。激しい悲嘆の声や
溜め息が巻き起こった。しかし、これについては代役は認められないのだ。
ミーナの名もあった。そして、その中に真耶の名前はなかった。
続いて指名外の参加希望の呼びかけがあった。森と静まる中で真耶
一人が名乗った。看守たちはそれを予想していたようだったが、
彼女を落胆させる返事が用意されていた。
おまえは脱走の前科が二度もある。参加させないようにと上から言われている。
僅かな沈黙のあと、真耶は言いすがった。自然の中に出て、
束の間の自由を楽しみたいのです。脱走が不可能なことは誰よりも
良く分かっています。看守たちはしばらく相談した後で真耶の参加を許可した。
すぐ十一人は牢から引き出され、後ろ手に拘束されて男囚の棟に移された。
真耶もなじんだ雑居牢の間を通る時、皆は足をすくませていた。
真耶には多くの男の声がかかった。辛い思い出しかなかったし、
真耶は知らぬふりをし、顔をそむけて通った。

  無人の広い監房で皆は監視されつつその夜を過ごした。
前夜に指名者を隔離したことも含め、多分、集団脱走などの秘密の
謀議を防ぐためだったのだろう。誰もが不安な、眠れない夜だった。
眠れたのは真耶だけだったかもしれない。

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