麻薬王の贄

(4)脱出

 

 マヤが押し込められたこの檻には、五人からの男が居るという。マヤは麻薬の切れ始めた兆しである激しい頭痛に悩まされながら、暗闇の中で息をひそめてその”攻撃”を待った。手首足首を後ろでひとつに括られたマヤは、牢の格子扉にその不自由な手指を絡ませたまま、膝立ちの姿勢になり、大きな目を見開いて敵の存在を感じ取ろうとしていた。もちろん、こんな姿のマヤが、敵から何を仕掛けられたところで、先刻の拷問者に対すると同様に、全面的に受け入れる以外どうしようもないことは分かりきっていた。しかも彼等は多人数で、狂人である可能性もあり、そばに寄られても、気配以外にはそれがどんな相手なのかを知ることは出来なかった。マヤの恐怖は募った。全身の傷の痛み、疼きすらも緊張しきった彼女はしばらく意識しなかったほどだった。次第に闇になれてきたマヤの目は確かにこの広くもない空間に、やはり息をひそめている何者かの存在を認めた。人間には違いなかったけれど、予想した荒荒しい「けだもの」ではなく、何かシャイないきもののようだった。ほとんど暴力的に、性急に襲いかかってくるかと思っていたマヤは少し安心した。もちろんまだ気は許せないけれど、自分から挑発することもないだろう。むごいほどの、逆えび反りのような拷問に近い姿のままで、並みの人間ならそのままでも呼吸の苦しさから窒息する危険もある状況で、鍛えられたマヤのしなやかな体はさほどの苦痛は感じなかったし、ひとまず得られた静かな時間で次第に彼女は安らぎすら感じた。長かった拷問と麻薬に荒れ果てた心身は休息を切に必要としていたし、静かな牢の中でマヤは疲れ切った身体をくたくたと床にのべ、半ば扉にあずけて、やがて深い眠りに落ちてしまった。

夢の中で、マヤは何者かの呟きを聞いた。
「眠っちまったぜ、凄い格好で。どんな神経の女なんだ。」
「余程疲れているんだ。眠らせておけ」
「もったいないじゃあないか。せっかくの、ひさしぶりの女だ。少々汚れてはいても、いい女には違いないんだ。」
「少々どころか、聞いただろう。見境いもなく、自分を拷問したやつら全員にめちゃめちゃにさかりまくって、狂いよがっていた。こんな涜れた性悪女など、やつらに身も心も任せ切った売女など、抱けるものか。」
マヤは眠れなくなった。しかし、彼等の正体が分かっただけでも、恐怖はよほど薄れた。打たれたコカインは強いものだったけれど、さすがに純度は高かったようで、その身体から毒が抜ける時の、禁断の苦しみもマヤにはたいしたことはなかった。
 やがて食餌と水が扉口に来た。マヤの目前で隠れていた怪物がが現実の囚人たちになり、一人ひとり食器を取りがつがつ食べ出す。5人いた。
「私にも、どうか---。」
マヤも必死で要求した。しかし、何も与えられず、代りに檻から引きずり出された。
「おい、馬鹿なやつらだ。こんな甘い果実を、ひと齧りもしなかったんだ。まあ、おまえにはいい休息になったなあ。今度は別の檻に押し込んでやるから、そこでたっぷり、昨夜の分もまとめて可愛いがってもらえ。今度はちいと、骨があるぞ。」

 その通りだった。
すぐに向かい側の檻に移されたマヤはまさしく天国から地獄へ落ちた気分だった。格段に欲情を余らせていた荒荒しい男たちが、しかも十人はいた。最初のうちに、マヤの手足を括っていた綱が解かれたことは予想しなかった嬉しいことだったけれど、それは彼女の躯をより美味しく、荒々しく自在に味わうために、彼等自身の都合からなされたことは確かだった。手足が自由にはなったけれど、そのあと彼女の傷だらけの躯は休む間もなく延々と、常に複数の男の身体にまといつかれ、同時に弄ばれ、抱きしめられ、前後へ押し込まれ、汚され、輪姦しまわされた。暗闇の中で、相手がどんな男かもわからず、前後に密着され、激しく一方的に攻めたてられるのは、恐怖もさりながら傷の痛み、器官の痛み、疲労もきわまって生きた心地もなく辛いことだった。裸には慣れたマヤが暗闇で羞恥心を捨てられないのは奇妙だったが、彼等がみな、手探り、肌あいの感触から一応のシャツ、長い目のパンツを着ていることが分かってからはなお、女ひとりが生まれたままの姿で投げ込まれ、玩具になっているという惨めさ屈辱感がひしひしと胸にせまって気力も萎えるのだった。朦朧とした意識の中で、しかも反応がない、と責められ、頬を打たれた。彼等もまたマヤの拷問の有り様を見ており、身勝手な気分から彼女の懸命な反応、自己犠牲を要求もしたのだった。

 しかし、そんな地獄の中で、次第にマヤは腹を据えるような気分になっていった。彼等の身体の中で切れ切れに眠りもしたあと、少し落ち着いた。身体は最悪のままだったけれど、毒虫に噛みさいなまれた裸の身は彼等と抱き合い、こすり合わせることで疼痛感がむしろ激しい快楽に変わる瞬間があって、心からの快美感とみじろぎ、悲鳴すら押さえられないことにもなった。それは男たちの望むことでもあったし、マヤ自身、最初はひどく後悔はしても、次第になんでもないことになっていった。そう、私は拷問者どもの体にさえ良く反応した女なのだ。この牢の人間たちはむしろ私と同じ立場の犠牲者なのだ。お互いの傷をなめあい、快楽を創造して慰めあうのは当然のことだった。彼らがなぜここに閉じ込められているのか、とうとう話すことはなかったけれど。
食餌も皆に紛れて得ることが出来た。捉えられて以来マヤの体は消耗する一方だったけれど、ここで少しは回復の希望も感じることになった。

 食餌のたびに、マヤは拷問の再開を予感して身をすくめたけれど、彼女を檻から引き出す気配はなかった。女がどんなあしらいをされているのか、興味深そうに覗く目と光りはあったが、彼等には牢の奥、車座の中で常に重ね合わさり、動かされている女の喘ぎや悲鳴は聞こえても、姿は、身体の一部すらも見ることは出来なかった。相変わらず休みなく押し込まれ、抱き回されるマヤだったけれど、全身の傷も、右の乳房などひどいものを除いて痛み、疼きも薄れ、マヤ自身拷問よりもまだこの方がましだと思えるようになっていった。疲れ果ててこんこんと眠るマヤを更に押さえきれない男たちが抱いたけれど、それにも節度が守られるようになった。彼らとの心情の交感が始まるにつれ、相手の顔も姿も、触感以外に感じられない世界ではあったけれど、お互いに羞恥心も遠慮もなくなって、大胆のきわみのような行為も愉しみ合い、味わうようにもなっていった。
 ここに来るまでのマヤの、何度となく死を乞うような地獄と絶望の絶叫を聞き、知っている彼等だったし、投げ込まれた時には死人か、とっくに狂っているだろうとも思っていたようだった。入ってきたあとも、多分、ひととおり抱かれる間に狂うか、心身の衰弱で役にはたたない身体になるだろうとも思っていた男たちだったけれど、その開き直りのような強さ、セックスの化身のようなしなやかな裸身の反応はいっかな衰えず、彼等を驚かせ、また悦ばせた。彼等も次第に落ち着き、無惨な傷や潰れた性器への心遣いも示すようになった。

 誰だろうか、珍しく男から解かれてひとり眠っていたマヤの耳に囁く者が居る。英語だった。
「マヤ、逃げたいとは思わないか。」
マヤは、はっと驚いて目を開けた。暗黒は変わらなかったけれど、声は本物だった。多分、牢に備えてあるはずの隠しマイクには捉えられないほどの低さだった。
「おまえを知っている。メデリンのクラブで踊っているのを見た。綺麗な裸だった。それをここで抱けようとは思わなかった。それはいいが、おまえがここで、俺たちのように犬死にすることはない。ここから外界へ通じる唯一の道、隅の糞壷を、俺達は長い間かかって広げてきた。汚れさえ厭わなければ、脱出は可能だ。行ってみないか、マヤ。」
マヤの身体をまさぐる手指が何本か欠けていた。ひどい拷問を受けたのだろう。そんな発見の衝撃よりも、もちろん男の言葉はマヤには更に衝撃だった。脱出が出来る?!マヤは嬉しく思ったが、疑問も湧いた。
「貴方は行かないの?まず、ここの誰かが、成功したことがあるの?それとも私が最初?」
「二人が決行した。一人は成功したようだ。だが、もう一人は途中で動けなくなり、死んだ。しばらくの間、やつの身体が腐って解けてしまうまで、ものが流れず、ひどい臭いだった。それで続くものがいなかった。俺がやつのように痩せて小柄だったら、挑戦するんだが。」
 まだ暗渠のどこかに骨が引っかかっているだろうという。傷だらけの、素裸のマヤがそんな狭い下水道へ潜り込んでいくことが、どれほどの体力と勇気を必要とするのか。もちろん、その先がどこへ通じているのか。戻ってこなかった最初の男が果たして成功したのか。男には答えられなかった。ただ、その道だけが、この暗黒から外への通路だという事は確かなようだった。結局、マヤはそれに賭けた。
 拷問者どもが来ないうちに、---。マヤは皆に気づかれないように男に抱かれたまま檻の隅へ動いていき、男と最後の強い抱擁をすますと、その汚れ尽くした排便の穴へ手探りで寄っていった。最初はたまらなかったその悪臭が今では何でもないようになっている。しかしその悪臭の源である糞便の穴へ、逃げるため、生き延びるためとはいえ自ら潜り込んでいくことになろうとは、マヤに気後れはあったけれど、決断は早かった。凄まじい汚物の堆積を手と足で確かめつつ、足先から入っていく。男がマヤに接吻を送った。暗闇の中で、男はマヤを目のあたりにしたように的確に描写した。おまえは痩せていて、女としては尻も小さく、躯が柔軟だから理想的だ。もちろん、肩の関節は外さなければ駄目だが。ああ、そのひどい右の乳房には苦労するだろう。包帯でもあればいいんだが。よし、俺のシャツを着ろ。そして耐えるんだ、生きるために、そして俺達のためにも。

   (5)(有刺鉄線)へ続く


この物語は完全なフィクションです。


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