麻薬王の贄

(1)捕囚

 「ぎい」と正面の重い鉄扉が軋んだ。ぼんやりした光りと、人の気配がさし、マヤはものうく顔をあげた。強い光を放つカンテラと、それを掲げた遠目にも異様なほど大柄な男を含む5人ほどの人影が入ってくるのを確かめ、彼女は激しく高まる胸の動悸をなだめつつ、また顔を伏せた。再び扉が締まる。揺れるカンテラの灯りが、通路が行き止まりになった袋部屋に吊られている、マヤ自身が最前滴らした小水で濡れた足元の床まで届く。彼等、男ばかりの一群れがここまでまっすぐの長くもない通路を、大きな体躯同士を押しひしぎ合うようにして近づいてくるのがわかる。
彼等が何者なのか、ここにどんな用があるのか、マヤにはわかっていた。このさして広くもない地下牢に棲む私以外の人間、例えばカンテラの灯りがその存在をほのかに示す、通路の両側に開いた幾つもの穴に嵌められた鉄格子の奥に生きる、地上の者共にとっくに忘れ去られたような死人や廃人たちはもちろん、それらの間にひっそりと息づきながら、まだ生きることに未練のある囚人たちも含めて、自分以外にやつらが関心を持つ”まともな”人間はいないはずだ。そう、彼等は私ひとりが目当てなのだ。昨夜繋がれたばかりのまだ新鮮な私の躯と心をまた、先刻同様におもちゃにして愉しむ積もりなのだ。

 つい2時間前まで、マヤはここで、鞭とライターで散々責めなぶられた。その火傷と鞭痕の痛みがまだ、生々しく疼き続ける。その恐怖と屈辱の時間がまた繰り返されるのか。予想されたこととはいえ、筋金入りの麻薬捜査官を自認する日系3世マヤ,マヤ・ハマサキもやはり若い、十九の女には違いなかった。激しい不安に押し潰されそうな胸苦しさ、恐怖は募った。ああ、怖い、やりきれない。暗澹たる気分に落ち込むマヤは今、しかし全く自由を奪われた身で、纏っていたパーティのためのドレスを含めて一切のものを取りあげられ、文字通り一糸まとわぬ身にされ、その細やかな両手は鉄鎖と鉄環で天井へ高く吊り上げられ、綺麗な双の脚はやはり細い足首に鎖を巻きつけられて左右へ広げられ、爪先立ったまま床のボルトに繋がれてあった。全てを剥き出しにされた彼女のなま白い四肢が殆どX字を描くまで、無惨なまでに張り拡げられて、首を回すほどの自由しかない。股を閉じることも、身をわずかすくませることすら出来ないマヤは、ただ息を詰め、その全身を緊張させて彼等を待ちうけるしかなかったのだ。

 5人の男はようやくマヤにその酒臭い息づかいがわかるほど近くまで寄ってきた。彼女は、その雰囲気と臭いから彼等が先刻の拷問者ではないことを知った。選手交代ということか。加害者である彼等もやはり快楽はあれ、拷問というハードな仕事で大層疲れたはずだ。自業自得ということか。もちろん交代をかさねては多人数で押しかけられ、理不尽をつくしてその生身をいたぶられ、苛まれる女の身ひとつのマヤの方は、疲れなどという生易しいものではない辛さ、悲しさ惨めさがあった。この二時間の暗闇での孤独も、無惨な姿で固縛された彼女には休息にはほど遠いものだったのだ。
 ひとり吊られたマヤの周囲を取り囲んだ彼等は、なぜか軍兵士の制服を着ていたが、その制服自体がだらしなく乱れ、規律など全く見られない、無頼の悪漢面ばかりだった。そのけだものじみた男どもが五人、いっせいにカンテラの光りにあぶりだされた生贄の躯の、隠すすべのない生じろい肌身のすべて、敏感な部分や器官に手を出し、遠慮もなくなぶり、吟味し、あざとい露骨な言葉で値踏みした。それだけで若い女が屈辱と恐怖で狂うには十分な苦痛に満ちた時間だった。しかしマヤはうつむいたままそれらに可能な限り反応せず、彼らの嘲笑と挑発に耐えた。若い女の、これはまた驚くべき気丈さというべきだったろう。もちろん彼らはそんなマヤの勇気をほめるような優しさなど持ち合わせてはいない。ほどなく男たちは女のその白い内腿の濡れ様に興味を寄せ、足許の水溜りを指摘した。
「ふん、小便臭い。こればかりは我慢できなかったんだろう。汚ねえなあ、こいつ。」
ひとりはマヤの後ろへ張ったこぶりの尻の鞍部から肛門をいじり回し、会陰へ指を入れた。
「糞はしてねえか--。」
「我慢するこたあ、ねえんだぞ。パンツもナニもかも取ってやってるんだ。やりたかったら、やるんだな。よく見ててやるからな。」
下卑た笑いがひとしきり続いた。マヤは歯を食いしばってそんな屈辱に耐えた。

 彼女がガルベス、メデリンを拠点にする大物麻薬仲買人の”女”としてエスコートされる形でこのコロンビアの奥アマゾン、その大密林の只中にある、ガルベスたち麻薬シンジケートの頂点に立つ、「キング」と呼ばれる麻薬王エスカリーヨの根城へ潜入したとき、既にその素性はばれていたということだ。マヤはその場で捉えられ、全裸にされ、陵辱の限りを尽くされ、そしてここに、城の地下牢に閉じ込められ、繰り返し陵辱と拷問を受ける身となった。
 彼女に希望はなかった。ガルベスがなお自分を信じているとすれば、そのとりなしで赦される可能性はあったけれど、この2日間の彼女へのひどい扱いようを思えば、それもありそうにないことだった。この国の軍隊か、警察が女ひとりの救出のためにここまで来ることはもっとありえないことだ。コロンビア政府が一応であれ政治的に把握している、この国の半分にも足りない地域の境界からも、ここは遥かに遠かった。まず、奥アマゾンの地理と自然そのものを彼らは十分把握していなかったし、当面の敵、共産ゲリラとの戦いに苦戦している彼らが、麻薬シンジケートなどに関わる余裕などなかったのだ。だから彼女が自身の力でこの身を自由にして、この堅固な城を脱出できない以上、連日連夜のなぶり責めのあげくに、いずれ精神を狂わされ、責め殺されるか、それを待つまでに自分で命を断つしかなかった。ああ、それが一番ましな選択ではなかったか。この私の甘い肉体を下司の悪漢どもにしゃぶり尽くされ、心身で廃人になってしまうまでに。


正面に立ったリーダー格の大男が、俯いたままのマヤの、小さな顎をすくって顔を上向かせた。案外素直に顔を上げた女の、ぎらりと強い黒目がほつれた髪の間から光った。
「ほう、こんなぶざまな、凄い格好で、若い女が恥じすくんでいるか、もう狂ってもいるか、腕が抜けて気絶しているかと思って来たんだが、こいつ、上等な面を見せるじゃあねえか。まだまだ強情が張れる目つきだ。まあ、二時間もこのざまで我慢できる女なんだ。懲りんやつだ。」
「そりゃあ、辛いんだぜ。腕も、腰も、股ぐらも、痛みを通り越して、感覚も失せているんだろうが。こいつ、痩せ我慢してるんだ。なあ、降ろしてほしいんだろう。そう言えよ、え?」
言った男がにやにやしながら胸乳から腋をずるりとさすりあげた。マヤはなお歯を食いしばり、無言のままだった。

 マヤは並みの女ではなかった。十六で歳の離れた兄を失ってから、彼女は志願して兵役に入り一年間厳しい特別訓練を受けた。もともとハイスクールのレベルを超えた体格と体力を備えていた彼女は、優秀な成績で対ゲリラ戦闘隊員のライセンスを得た。一級の格闘能力を備えた彼女は一見モデルにでもなれそうな細身の肢体にもかかわらず、二時間の吊るし刑にも耐えられる心身を持っていた。しかし、そんな彼女にしても、この地下牢での尋問と羞恥責めは苛酷だった。
「いい加減で吐くんだ。おまえの本当の身分や仲間のことを。それとも、また痛い目にあいたいのか。」
「---悪魔!」
マヤは正面の大男を睨みつけ、小さいが、憎悪に満ちた罵声を発し、ついでに唾を吐きかけてやった。男はひげ面を醜くゆがめて笑い、すぐ大きな手を往復させてマヤの両頬を叩いた。手加減はなかった。強く歯噛みしたマヤの顔が大きく左右に振れた。口元が切れ、血が滴った。小さな顔は、しかしふたたび正面の男を睨み直した。
「おまえの気分は分かっている。まだガルベスの庇護を受けている積もりなんだろう。生憎だな。やつは失脚したぜ。おまえは見放されたんだ。」
マヤの表情がいぶかしげにゆがんだ。最後の生きる望みが断たれたのかもしれない。
「失脚って。--どういうことよ。---あのひとが---」
「『あのひと』だとよ!笑わせるな。おまえがガルベスに目的をもって近づいて、色仕掛けで垂らし込んで、骨抜きにしちまった。得た情報をFBIなんかに流して、我々に何度となく手ひどい目にあわせたことはもうすっかりばれちまってるんだ。おまえが、今度もガルベスからキングへ乗り換えようかとたくらんでいたこともな。だが、キングばかりはだませねえ。おまえなんぞにゃあ。」
男はマヤの上向いてよく張った乳房をぐりぐりとなぶりまわしながら言い続けた。
「だが、たいした女だ、強い女だぜ。ここまで身も心もいいようにされて、まだ意地を張れるんだ。可愛い顔をしてる癖にな。」
もちろん誉められている気分ではないマヤは、火傷のあとを痛めつけられるままに何の抵抗も出来ない自分が口惜しかった。
「本当だ。俺も最初は信じられなんだ。こんな綺麗な、娘娘した女が、まさかDEA(麻薬取締局)の手先で、しかもこんなところまで大胆に入り込んでくるなんてな。」
この男もマヤのライターで焼けた叢丘から、更に奥の襞を脂手でいじりながら、ため息まじりに言った。マヤは強いまなじりを男に向けたまま痛さに耐え、みじろぎもしない。
「こいつは、ボコタやメデリンの郊外で毎日見つかる手足のない死体をいっぱい見ていたはずなんだ。こいつの仲間たちのなれのはてだ。いずれ、あんな姿になることは分かってたはずだ。俺たちにたてついたらな。」
「おい、おまえも指やら、目のない立派な身体になりてえのか。なに、若い女でも手加減はしねえぜ。もちろん、すぐ殺しはしねえ。おまえ次第だが、ながーく引っ張って愉しんでやる。おまえにゃあ地獄だろうよ。だがな、綺麗な女が、ひどい面相で泣きわめくのを見るのは、俺たちもあんまり好みじゃあねえんだぞ。なあ」
男は腰のポケットからおりたたみ式のナイフを取り出し、マヤの目の前でパチンと音を立てて光った刃を出して見せ、女の綺麗な眉の怯えを確かめ、にっと歯を剥いて笑った。
  

 
   (2)拷問へ続く  

この物語は完全なフィクションです。



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